2020年7月18日
オリコン
巷にあふれる、人のコンプレックスを刺激するようなダイエット広告や脱毛広告。それに異を唱える、プラスサイズモデル・吉野なおさん(@cheese_in_Nao)の発信が話題になっている。「みんな尊い広告」と題してそれら広告をポジティブにパロディし、「自己否定を続けて落ち込んでいないか?」「たとえダメなところがあっても、あなたは生きているだけで尊い存在」とメッセージを伝えている。吉野さん自身も過去に摂食障害を患い、30kgのダイエットをした経験も。「ネガティブ広告は、誰も幸せにならない。負の連鎖しか生まない。そういう表現のおかしさを伝えられたら」と、発信のきっかけを語る。
■「メディアが“本物のように見せているもの”、実はたくさんある」
――黒、黄、赤をベースに、太いゴシックのフォントでインパクトをもたせた広告をよく見掛けますよね。ビフォーアフターを見せたり、不安を煽ったりするものも。吉野さんがご自身のTwitterで発信した「みんな尊い広告」は、それらの要素がポジティブにパロディされていて21万以上のいいねが。反響も大きかったですね。
「Twitterで『日本の過剰な痩身至上主義がもたらした歪み』に関する記事や、『脱毛広告ってモヤモヤするよね』という記事を見かけて、すごく共感したんです。脱毛広告だと『モテないのは体毛が濃いせいだから…』という流れで煽るものもあって、見たときに憤りというか悲しみの感情が生まれて。でも、ただ怒るのではなくて、そのカウンターとして、私なりのユーモアを交えてポジティブ広告を作ってみようと思って。正直、私の投稿にこんなにも反響があるとは思っていませんでした。いわゆる”コンプレックスビジネス広告”のパロディだと気づいてくれる人も多くて、共通認識としてみんなの中にある感覚なんだと実感しました」
――最初にそういう広告を見たときはどう感じました?
「なくなればいいのになって思いましたね。誰も幸せにならない(笑)。コンプレックスを煽るような広告や企画は幼い時から目にしていて。10代の頃は、テレビで健康番組が流行っていて、毎週“○○ダイエット”と銘打った実験企画をやっていました。“たったこれだけで、ウエストがマイナス5cm”とか、データが強調されて、特集で紹介された食材は放送翌日にスーパーから消えて。でも結局データを捏造していたことが問題になって、打ち切りになった番組もありました。メディアが一方的に表現するものの中に、事実のように見せている偽物って、実はすごくたくさんあるんだと思います」
■30kgのダイエット経験「自分が太っていることで嫌われないか、すごい気にしていた」
――過去には30kg痩せた経験も。ダイエットをする選択をしたきっかけは?
「まず、太っていると人から馬鹿にされるのだと、小さい頃から感じていました。4歳くらいのときから、保育園で他の児童にデブだと笑われたり、直接は言ってこなくても離れたところから私を見て笑っていたりする人が気になっていて。自分が太っていることで嫌われないか、すごい気にしていたんです」
――幼少期のそういう体験って、ガツンと響きますよね。
「そうですね。保育園で、何かのレクリエーションをしていて、違う児童のお母さんの膝の上に座らなきゃいけないことがあった。そのとき私は、そのお母さんの膝に自分の身を委ねられなかったんですよね。お母さんは『乗って大丈夫よ?』って言ってくれたんですけど、でも気を遣ってくれてるのかもと思って。保育園のときには、もうそんなことを考え始めていました。小学生になると、まったく知らない子に体重を聞かれたり、太っていると生理が始まるのが早いらしいという謎の噂が流れて『もう生理になった?』ってクラスの男子が言ってきたり。正直、ありえないじゃないですか」
――ありえないですね。とても傷つくことです。
「私はそういう言葉に対して、言い返せなかったんですね。自分が太っているから言われちゃうんだ、私が痩せれば言われないのかもしれないって思いがずっとあったので。高校生になったときには、アパレルショップで疎外感を感じました。友達と一緒に買い物に行っても、私だけ着れるサイズのものがないからお店の外で待っていたり。そういう経験をするうちに、私が変わらなきゃいけないという意識がどんどん強くなっていって、そのうち好きな人ができて、『もっと痩せてほしい』と言われた時に、ダイエットを頑張る決意をしました。でも、極端なダイエットをした結果、摂食障害になりました」
――拒食症になったときの心情は?
「毎日何度も体重を測って、すごくストイックでした。昨日より体重が減っていると『私ってすごい』と思って。でも、他人と比べたらまだ自分は太っているからもっと痩せなきゃとか、たった数百グラム増えただけでも酷い罪悪感で落ち込んでいました。もともと肩幅があるので、普通の服が入るようになっても自分の身体が大きく見えて。もっと痩せて華奢にならなきゃと言う気持ちが強くて、体重や食べ物に振り回されて、毎日一喜一憂して生きるのがつらかったですね」
■「生きているだけで、尊い存在なんですよ」カウンセラーの言葉に救われた
――「ありのままの自分がいいんだ」と気づいたのは、どのような経緯だったんですか?
「過食症がひどい時期だったんですが、たまたまアルバイトで色々な人のプロフィール写真を扱う仕事をしていたんです。大量の人物写真を見ているうちに、身体的特徴とか容姿って、本当に一人ひとり違うんだなと思って。テレビのダイエット番組などに出てくるぽっちゃりさんって、ネガティブに生きている印象を持っていたんですが、プロフィール写真の人たちは基本みんな笑顔で。もしかして私は『自分はコンプレックスがあるから暗い人生を歩まなきゃいけない』って自分で決めつけていたんじゃないかと思って。このままだと、おばあちゃんになるまで体型を気にしていることになる。それってすごい損してるなって気づいたんです」
――その気づきがあって、徐々に克服していった?
「その気づきがあってから、私の場合、自分の体や食べることに対する意識を変えて、今の自分に向き合おうと色々工夫をしていくうちに、摂食障害の症状はおさまりました。でも、まだ人間関係で鬱っぽく落ち込む自分に気づいて、カウンセリングに行ってみたんですね。そこで色々と話していくうちに、カウンセラーさんに『あなたは何もしなくても愛されるべき存在なんですよ』って言われたんです。『生きてるだけで、特別なことをしなくても、尊い存在なんですよ』って。それを聞いた時に、摂食障害で悩むことも、人間関係で悩むことも、結局は自分が無理して誰かに合わせよう、愛されなければ、と思い込んでいたことから生まれた苦しみだと気づいたんです。カウンセラーさんからのその言葉で、穴のあいた心に蓋ができた感じです。だから、みんな尊い広告を作ったときも、単に“自分を愛そう”とか“あなたは美しい”じゃなくて、“生きているだけで尊い”という言葉を使いました。そのままでいいんだと」
――ブログでは、「#マイサイズをフレンドリーに」というタグを使って、どうしたら日本のファッションでサイズ展開が広がるのかを問題提起されていましたね。
「Twitterで、日本の店頭のアパレルアイテムのサイズ展開って狭いよね、という話をした時に、アパレルショップの接客で身体的な特徴で傷ついた経験があるという声をいくつもいただいて。店員さんや他のお客さんに「あなたのサイズはここにない」と笑われたり、居心地が悪い経験をしたり、ひどい時は帰らされたり。足のサイズが大きくて靴のサイズを探すのが難しかった女性が、靴屋さんの男性店員に冗談まじりに『足を切るしかないですね』って言われたり。どれも、ありえないエピソードです。冗談でもそんなこと言うべきではないですよね。そう言われたら、もう店頭に買いに行く気になれない。
もちろん、そんなお店ばかりではないと思います。でも、店頭に買いに行っても自分のサイズを見つけられない人が多いのは事実。こういう問題を話題にすると『レギュラーサイズ以外は店頭で売れないから』とよく言われるんですが、潜在的な需要はあって、アパレルブランドがまだまだ気付いていない『売り方の工夫』がきっとあると思っていて、自分のサイズを見つけられなくて困っているという声を顕在化させることによって、歩み寄ってくれるブランドが増えるかもしれない。買いたい人と、売りたい人の懸け橋になればと、ハッシュタグを作って発信をしました」
――「#マイサイズをフレンドリーに」について、SNSでは様々な立場の方が意見を投稿されていました。
「プラスサイズだけではなく、トールサイズや、ミニマムサイズがほしいとか、結婚指輪で困ったとか、こんな恥ずかしい経験をしたとか、私も知らなかった意見がたくさんありました。逆に『みんな自己中心的じゃない?』とか『もっと自分で工夫したら?』というような意見を話している人もいました。でも、店頭にサイズがないからって排他的な扱いをするのではなくて、もっと優しい世界になってほしいと願って発信をしました。ちなみに、私はプラスサイズ女性向けファッション誌『la farfa』でモデルをしているんですが、数年前から色々なアパレル会社さんが新たにプラスサイズ展開に取り組もうと私たちモデルにヒアリングをしてくれる機会も増えてきています。”当たり前”は時代によって少しずつ変わると思っています。」
■「雑誌『la farfa』は、日本におけるポジティブの先駆けだった」
――『la farfa』が刊行されたとき、すごい印象に残っています。渡辺直美さんが表紙をされていて。プラスサイズモデルの立ち位置としては、昔と今ではどのように変わってきましたか?
「創刊当初は、ぽっちゃり女子とかぽっちゃりモデルという言葉がよく使われていたんですね。でもそうすると、見ている人が『この子はぽっちゃり』『いや、ぽっちゃりじゃない』と、論争が起こるんです。ファッションじゃないところで話題になっているのをよく見ていました。体型の感覚が、人によって違うんですよね。そこで、私としてはもう肩書の名称を変えちゃおうと。欧米で使われている、”プラスサイズモデル”という表記に数年前に変えたんです。アパレルブランドも、“ぽっちゃり女子”という言葉ではイメージ的に使いにくい部分もあると思うんですよね。どちらかというと可愛らしいイメージだったので。対して“プラスサイズ”という言葉は大人向けのフォーマルにも、カジュアルにも対応できる。『VOGUE』 でも取り上げられていますし、“プラスサイズ”という言葉自体を見る機会が増えてきました」
――『la farfa』は吉野さんにとってどんな存在ですか?
「日本における、ボディポジティブの先駆けで、目印の旗みたいなものだと思っています。それができたことによって、アパレルの選択肢が増えただけではなくて、体型が近い読者さん同士でファッションの情報共有ができたり、SNSや雑誌のイベントを通して繋がって友達になって、一緒に買い物も行けるし、お互いの存在を「いいね!」と堂々と認め合えるようになった。ファッションはもちろんなんですが、コミュニティでもある。la farfaが出来たことによって、日本でもそういう文化ができたということが大きいと思います」
――プラスサイズモデルとして、今後の展望は?
「私は、もっと内面的な部分から勇気づけることが大事だと思っています。どんな体でも、ファッションの力が与えてくれる安心感や楽しさ、自由さを表現することと、コラムを書いたり、ユーモアな表現を交えて多くの人にボディポジティブを発信していく活動に今後もっと力を入れていきたいです。最近だと、誹謗中傷問題など色々な価値観が見直されてきていますよね。価値観や風潮って、時代によって変わるものだと思うから、「これっておかしいよね」と多くの人が気付いて話しあうことが増えれば、自分の体に対するネガティブなイメージを変えられる人が増えると思っています」