2020年6月17日
THE ANSWER
公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏の連載、今回は「熱中症対策に必要な水分補給法」
Jリーグやラグビートップリーグをみてきた公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏が「THE ANSWER」でお届けする連載。通常は食や栄養に対して敏感な読者向けに、世界のスポーツ界の食や栄養のトレンドなど、第一線で活躍する橋本氏ならではの情報を発信する。今回は「熱中症対策に必要な水分補給法」について。
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近年、日本では梅雨時期頃からグッと気温が上昇。本格的な夏を迎える前から、真夏日(30度以上)になることも珍しくなく、熱中症対策が必要になります。
熱中症とは高温・多湿の環境下で生じる、様々な障害の総称です。体は運動により産生する熱や、気温・湿度などの要素によって体温が上昇すると、汗の蒸発や体表面積から熱を放散することで体温を下げます。ところが、何らかの理由でうまく体温調節できないと、体内に熱がこもり、めまいや頭痛、吐き気、倦怠感などの症状を発症。重症化すると、真っすぐ歩けない、意識がないないなどから昏睡状態に陥り、命にかかわるほど危険な状態になります。
特に運動によって熱産生が増加しやすいスポーツシーンは、屋内・屋外に関わらず、熱中症にかかるリスクが非常に高くなります。重症化しなくとも、水分が不足すれば集中力が低下。結果、練習やトレーニングの質が落ちたり、パフォーマンスが低下したりするので、水分補給は計画的に行いましょう。
さて、水分補給の方法ですが、暑さが厳しいこれからの季節は、発汗量が増えるだけでなく、暑さで食欲が低下し、食事からの水分摂取量が減る可能性が高くなります。日常生活、運動時ともに「喉が渇いていなくてもこまめに水分を摂る」ことを心掛けましょう。
「喉が渇いた」と感じた時点で、すでに脱水症状を起こしています。また、一気飲みは胃からの排出速度を妨げ、結果的に水分の吸収速度を遅らせる原因になるので、「こまめにちょこちょこ」摂ることが、効果的な水分補給につながります。
水分補給の基本的な考え方は、大人も子どもも同じです。ただし、子どもは汗腺が未発達のため、大人以上に熱が体にこもりやすい。本人に水分補給の意識付けを行うだけでなく、特に小学校低学年の子どもは指導者が現場で水分補給を促したり、子どもたちが自由に水分を摂る環境を整えたりする配慮が必要です。
3つの「シーン別水分補給法」を紹介、気を付けたい「運動後」
では、スポーツのシーン別に具体的な摂り方についてお話しましょう。
【1】軽いウォーキングやジョギング時
水分摂取の考え方は運動愛好家もアスリートも同じです。運動前はコップ1~2杯程度(250~500ml)を飲み、運動中は1時間あたり500~1000mlの水分をこまめに摂りましょう。
運動不足解消やダイエット、趣味で行うウォーキングやジョギングといった軽い運動時は、1時間以内であれば水や麦茶で十分です。
もともとの発汗量が多い方や、1時間以上の運動になる場合は、水や麦茶だけでなく、合わせてスポーツ飲料で水分補給。発汗量が多くなるため、汗によって失われた体内の電解質(ナトリウム)を補充するとよいでしょう。
【2】部活動や激しい運動を1時間以上行う時
まず知っておきたいのは、長時間運動の運動時に塩分を含まないドリンクだけを摂り続けると、喉の渇きを感じにくくなる、という点です。体は発汗により、水分と汗に含まれるナトリウムを失います。ところが、水分だけ摂り続けると、体は体内のナトリウムの濃度を維持しようとして、水分を受け付けなくなり「喉の渇きを感じない」ようにします。同時に余分な水分を尿として排泄するため、脱水になりやすいのです。
ですから、激しい運動、長時間の運動を行う際は、水や麦茶だけでなく、電解質を含むスポーツ飲料で水分補給をしましょう。「甘くて飲みにくい」と薄めて飲む方がいますが、スポーツ飲料はそのまま飲む(粉であったら指定された量の水で溶く)ことで、腸管から水分が速やかに吸収されます
どうしても甘みが気になる方は、飲んだ後真水で口をすすぐ、続けて真水を少し口に含むとよいでしょう。
量の目安は運動前に250~500ml程度、運動中は1時間あたり500ml~1000ml程度です。運動後はスポーツ飲料やゼリー飲料、または100%の果汁のジュースなどで、水分とともに、エネルギーを補給します。
【3】運動後の水分補給
実はとても大切なのが、運動後の水分補給。特に、長時間や激しい運動時は、どんなに意識して水分を摂ったとしても、発汗量に相当する量を飲むことは難しく、運動後にしっかり補給する必要があります。
自分がどのぐらい水分を失ったかを計るには、運動前後の体重測定が役立ちます。例えば、運動後に体重が1kg減っていたら、減量分のほとんどが失われた水分と考えます。発汗による体重減少率は2%以内に抑えることがポイント。運動後1時間以内に同量もしくは2割増しの量の水分補給を行うとよいでしょう。
体重を測れない環境の方は、尿の色をみるとよいでしょう。濃い黄色~茶色に近い人は脱水を起こしている可能性があるので積極的に水分を摂ります。また、起床時にトイレにいった際の尿の色も、体内の水分量が足りているか否かをみる目安になります。
「スポーツ飲料と経口補水液どちらを飲んだほうがいい?」
さて、スポーツの現場では必ずといっていいほど「スポーツ飲料と経口補水液ではどちらを飲んだほうがいいのか?」という質問を受けます。
まず両者の違いですが、ナトリウムなどの電解質濃度が低く、糖質濃度が高いのがスポーツ飲料。発汗に伴う水分と電解質に加えて、エネルギーを素早く補給します。対する経口補水液は、電解質濃度が高く、糖質濃度が低いのが特徴。スポーツ飲料よりも水と電解質の吸収が速いため、脱水状態において不足している電解質を補います。
経口補水液は、熱中症の予防策として、猛暑日や炎天下での試合や練習の前後に飲む選手もいます。
実業団やプロチームは、スポーツ飲料だけでなく、経口補水液を練習場や試合会場、クラブハウスに常備するところも少なくないのではないでしょうか。ただ、一般のスポーツ愛好家や部活動で日常的に飲む場合は、スポーツ飲料で十分。ちなみにスポーツ飲料の代わりに、水+塩飴もOK。私が栄養サポートをしているラグビートップリーグのチームのクラブハウスにも、塩飴は常備していますよ。
ちなみに、運動時の水分摂取に関するガイドライン(水分摂取量、水分摂取の目安、ナトリウムや糖質の基準)は、国や団体による大きな違いはありません。挙げるとすれば、「何を飲むか」では多少の違いを感じています。例えば、以前、海外の大手飲料メーカーの研究者と話をした際に、日本のスポーツ選手が「スポーツドリンクを甘すぎると感じて、水で薄めて飲む」という話に驚いていました。欧米では日本と比べて甘い飲み物に抵抗が薄いせいか、スポーツドリンクを薄めて飲むという発想はないからです。
また、アメリカのスポーツ栄養の現場では、運動中に消費したグリコーゲンの回復と筋肉のダメージの修復に欠かせないたんぱく質(アミノ酸)が同時に摂れる「牛乳」や「チョコレートミルク」を、運動後に勧めることが多いようです。日本では運動後に牛乳を飲む習慣はありませんが、カルシウムが不足しやすい日本人の食生活においては、理に適ったリカバリードリンクだと思います。
水分補給の考え方一つとっても、国によって味覚の違い、食文化の違いがみられるのは面白いですね。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)
長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌などで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。