こぼれたみそ汁で支えるスマホ 食品サンプル、ユニーク小物に活路

2021年9月19日

朝日新聞デジタル

 ソースがしたたるステーキ、梅干しがのぞく食べかけのおにぎり、おわんからこぼれたみそ汁。

 においが漂ってきそうだが、実はどれも精巧な食品サンプルだ。創業90年近い業界最大手の大阪の会社が初めて個人向けにつくった。文具や小物として使うことができ、話題を呼んでいる。

 「おにぎりの粒ひとつひとつが違う。見入っちゃう」「なんだか見ていてワクワクします!」

 ツイッターでは、「いわさき」(本社・大阪市東住吉区)がサイト(https://iwasaki-ts.stores.jp/)で販売している商品群を見たり買ったりした人たちの投稿が飛び交う。

 いずれも本物そっくりのサンプルで、食べかけだったり、こぼれていたりと、ちょっとどきっとする見た目になっているものが多い。ステーキやおにぎりはペン立て、みそ汁はスマートフォンのスタンドとして使うことができる。

 いわさきは1932(昭和7)年に大阪で創業した食品サンプルの草分けだ。現在は全国で1万件弱の飲食業者などにサンプルを貸し付け・販売する事業を展開し、グループ全体で業界の7割のシェアを占める。

 大阪や兵庫で70店を超すとんかつやお好み焼き店を展開する「きらく」(本社・大阪府富田林市)は各店舗にいわさきのサンプルをずらりと並べている。辻野誠常務(61)は「商品の品質が確かだから」と信頼を寄せる。

 サンプルの効果は絶大だ。ある店舗で、売れ筋だった釜飯の売り上げが急落したことがあった。調べると、店頭のおすすめメニューのケースから釜飯のサンプルが外されていたことがわかったという。「サンプルの色目に納得できなければ何度も作り直してもらう」と辻野さん。

 もっぱら飲食店向けに事業を展開してきたいわさきだが、2022年の創業90年に向けて19年、会社の将来について話し合う会議を開いた。社員からは「直接消費者に買ってもらえる商品を作りたい」という声が上がり、個人向けの商品開発に乗り出すことにした。特販部部長代理の中畑裕行さん(48)ら有志が開発チームを結成した。

 食品サンプルは、本物の食品をシリコーンでかたどりし、色が付いたビニール樹脂を流し込んでつくるのが基本だ。おにぎりに具を入れたり、ステーキにソースをかけたりといった工夫は職人が手作業で仕上げる。

 飲食店向けは「一点もの」が多いが、個人向けのグッズは一定量を生産する必要がある。「同じ商品をいくつもつくる難しさがあった」と中畑さん。

 店頭のショーケースに置かれるサンプルと違い、個人向け商品は人が何度も触ることを想定し、耐久性を重視した素材を選んだ。

 食品を模したキーホルダーなどは安価で出回っているが、業界のパイオニアであるいわさきの開発チーム10人は「差異化を図りたい」と、精巧さに加え、ユーモアにこだわった。小さなカップケーキはペットボトルのキャップに、溶けかけのソフトクリームには磁石が内蔵され、クリップをくっつけておくことができる。

 ステーキのペン立ては税込み4840円、アップルパイのスマホケースは同6380円などと値段は張るが、今年1月から販売を始めるとネットで話題に。これまで約130種類をそろえ、売り切れる商品も出る人気ぶりだ。将来は「400~500種類くらいに増やしたい」と鳥路(とりじ)茂総務本部長(53)は言う。

 開発チームメンバーで岡山工場長の高木俊和さん(43)は「買った人の反応が直接聞けるのがうれしい」と話す。

 18年間、サンプルを作り続けてきた職人だ。「どれだけおいしそうと思わせるかが勝負」。ソースの垂らし方、米粒の色にもこだわってきた。「さらに楽しさを盛り込みました」

 飲食業界は長引く新型コロナウイルスの影響に苦しむ。いわさきには最近、数十年にわたって取引してきた店から「サンプルをやめたい」と連絡があったという。鳥路さんは「コロナで暗い話を聞くことが多くなった」としつつ、「少しでも明るい気持ちになってもらえるようなサンプルを作り続けたい」と語った。(染田屋竜太)