日本の夫婦を悩ませる「セックスレス」を“個人の問題”で済ませてはいけないワケ 「性の学び不足」が大人たちを苦しめている

2021年9月19日

現代ビジネス

小学校・中学校で、性教育を受けた記憶はあるだろうか? 

女性なら現在、生理前・生理中・生理後の精神的・身体的症状に悩んでいないか? 男性なら精通や夢精があったとき、自分が包茎だと知ったとき、誰にも相談できずに不安にならなかったか? 恋人同士や夫婦は、「セックスは挿入を伴わなければならないもの」と思い込んでいないだろうか?

これらはすべて、性の知識不足や歪みによる弊害だ。そしてこの弊害は、実は日本各地で毎日のように起こっている。

日本は“性教育後進国”

背景には日本の性教育が欧米だけでなく、実は中国や韓国よりも遅れているという事情がある。

日本で保健の教科書ができたのは1992年のこと。それまでは小学校高学年になると、女子だけ集めて月経教育を行う学校が多かったが、男子に対して性に関する教育を行う学校は少なかった。

1992年以降も、ただちに男女に性教育が始まったわけではなく、変わらず女子だけに行う学校、男女分けて行う学校、男女共修で行う学校など、実施方法は学校に任されていた。そのため現在30代後半以上の男性は、性教育を受けていない人が少なくない。

ところが、昨年出版された『おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方』(KADOKAWA)の共著者のひとりである村瀬幸浩氏は、「保健の教科書ができたのは1992年だが、それ以前も以降も、日本の大人は男女とも性教育を受けていないに等しい」と断言する。

なぜなら、日本の学校の教科書は文部科学省が制定した学習指導要領に沿って作られているが、教科書での性教育の内容は、現在でも「月経」や「射精」という言葉の意味は教え、「赤ちゃんは、女性のお腹の中で育つ」としながら、受精や性交のしくみは記されていないなど、大きな疑問点が残されたままだからだ。

教科書や学校から十分な知識を得られなかった子どもはどうするか。おそらく友人や交際相手、AVやインターネットのアダルトサイトなどから知識を得る。実際、世界のポルノの約6割が日本で作られていたことから、日本は「性産業先進国」と揶揄されたこともあるほどだ。それほど性を扱う商品が溢れている。

しかし、そういったものは男性の興奮をかき立てる目的で作られた「妄想」や「ファンタジー」が多く、暴力や支配によって相手を従わせる表現が少なくない。こうした教育の不十分さや環境によって、偏った知識が蓄えられる。

今年3月には、女性Vtuberのスマホに月経管理アプリの「ルナルナ」がインストールされていることを知った男性ファンが、「彼氏持ちだ!」「ショックを受けた!」とSNSに書き込んだ。

これがきっかけで他の男性たちが、「生理があると非処女」「ナプキンは1日1枚で足りる」などと発言。それに対して反論や嫌悪感を示す女性たちによってSNSは炎上した。もしも適切な性教育がなされていれば、「『ルナルナ』がスマホに入っていると彼氏持ち」「生理があると非処女」などという間違った認識は育たなかったはずだ。

もちろん、間違った性の知識を持つのは男性ばかりではない。

女性も、「マスターベーションはいけないこと」「相手のことが好き・愛しているなら、セックスしなければならない」「膣外射精なら妊娠しない」などと思い込んでいる人は少なくない。女性は月経教育だけは受けているケースが多いが、性交に関する教育は不足しており、間違った認識を育ててしまっているのは男女とも同様だ。

今、「性の学び不足」によって育ててきた間違った認識が、自分たちの首を絞め、ときに男女を断絶に追い込んでいる。「セックスレス」もそのひとつではないだろうか。ある夫婦のエピソードを紹介したい。

出産後にセックスレスに

平原陽香さん(仮名・30代)は、20代後半の頃、勤めていた会社の取引先の男性とプロジェクト関係で知り合い、打ち上げで意気投合。一気に親しくなり、1年半ほど付き合って結婚した。夫は平原さんに、「可愛い」「大好き」と言っては、外出時も人目をはばからずキスをしてくる情熱的な人だった。

しかし結婚して1年後、1人目の子どもを妊娠してから、徐々に状況は変わっていった。

平原さんは初めての育児に備え、暇さえあれば育児書を読み漁り、完璧な母親を目指した。そしていざ出産を終えると、夫そっちのけで子育てに没頭。夫が育児に協力してくれても粗ばかりが目につき、つい口出しやダメ出しをしてしまう。

「夫はセックスに関しては結婚前から淡白な方だったので、元々の性質もあると思いますが、加えて産後、私が夫の家事や育児に対して頻繁に口出ししていたことが夫のプライドを傷つけ、夫婦仲悪化につながったのだと思っています」(平原さん)

結婚後も、出産前は甘い雰囲気になることもしばしばだったが、出産後は子育ての忙しさと夫婦仲の悪化で、そんな気配は全くなくなった。夫は平原さんの妊娠後、一切セックスに誘わなくなり、平原さん自身も産前は自分の体調管理に精一杯。産後は育児に追われ、性欲が無くなっていたという。

性欲は戻るも夫は拒絶…

ところが、娘が3歳になるかならないかの頃、時間的にも気持ち的にも余裕が出てきたせいか、平原さんに急激に性欲が戻る。

ある日、平原さんは意を決して、「セックスしたくなってきちゃったんだけど……」と夫に伝えてみた。すると夫は、「何を今さら」「俺は全然したくない」と冷たく拒絶。その後も何度か話し合いを持ちかけたが、その度に「またその話?」と嫌な顔をされたり、「もうやめて」と話し合い自体を避けられ、落ち込む日々が続いた。

そこで平原さんは、セックスレスに関するネット記事や書籍を読み漁り、夫婦仲専門カウンセラーのセミナーや勉強会に通い始め、「相手を変えようとするのではなく、自分が変わることが重要」ということを学ぶ。そして、何でも一人でやろうとするのをやめて、夫に頼って甘えてみたり、それまでは家事育児からインテリアまで、自分の価値観を押し付けていたが、夫の価値観を尊重するようにし、夫婦仲の改善に努めた。

また、すっかり“母”となっていた自分の見た目を磨き、夫のことばかり気にかけず、自分の好きなこともするように。さらに、賛否はあると思うが、ネットで知り合った男性と月1~2回、セックスを伴う婚外恋愛を楽しむようにもなった。

「夫に拒絶されてボロボロに傷ついていたので、女性として求められること自体が単純に嬉しかったです。特に親しく付き合った2人の男性は、私の話を否定することなくじっくり聞いてくれたり、会う場所や時間などが私に負担が少なくなるよう気遣ってくれたりと心優しい人だったので、とても癒され、心が満たされました」

こうした行動の末、次第に夫婦仲が改善し、ついに2021年春、数年ぶりに夫とのセックスに成功。その後も時々するようなった。

「セックス」に対する誤った認識

結果的に夫婦仲が改善した平原さんだが、セックスレスに陥った背景には「性の学び不足」が見え隠れする。

まず前提として、「セックス」や「セックスレス」に対する誤った認識がある。

「セックスレス」という言葉を日本で初めて使ったのは、1991年、日本でも数少ないセクシュアリティを専門とする臨床精神科医の阿部輝夫医師だ。

阿部医師によれば、大事なのは「性的ふれあいの有無」。ふざけ合ったり、触り合ったり、抱きしめたり、一つの布団で寝たりといった性的な意味を持った触れ合いを「セクシャルコンタクト」と呼び、それがないまま1か月以上経っている場合をセックスレスと定義している。

ところが、セックスレスと言うと、多くの人は「挿入」の有無を思い浮かべがちだ。実際、最近人気のセックスレスをテーマとしているマンガなども、「挿入」がないことをセックスレスとして描いている。性的ふれあいは必ずしも「挿入」がゴールではない。

「快楽・共生の性」を知る機会の欠如

それだけではない。日本の不十分な性教育や環境が育んできた「セックスは非日常のもの・卑しいもの」という誤った認識も、夫婦のあり方に大きな影響を与えている。

平原さんは、自身のセックスレスの経験を振り返る中で、次のように語っていた。

「私は、セックスが『非日常的なもの』『隠すべきもの』になってしまっていることがセックスレスの大きな原因のひとつだと思っています。男性側の拒否は、よく、『男女ではなく家族になってしまったから』と言われますが、これは、『家族である妻との“日常的なセックス”では勃起しない』→『勃起できないのは男として恥である』という意識が根底にあるからだと思います」

“日常的なセックス”で男性が興奮しないのは、冒頭でも述べたように、日本のAVやアダルトサイトなどが、非日常的な内容に偏っていることや、「性」が明るく幸せなものとして捉えられていないことが原因だと考えられる。

前出の村瀬氏によると、性行為には、(1)生殖の性、(2)快楽・共生の性、(3)支配の性の3種類があるという。そして「日本の性教育は、(1)の生殖の性ばかり学び、AVやアダルトサイトは、(3)の支配の性を扱ったものが圧倒的に多い。(2)の快楽・共生の性について知る機会は皆無だ」と憂う。

ではこの「快楽・共生の性」とはどのようなものだろうか。

村瀬氏は寂しさを癒やし合い、喜びを分かち合い、触れ合う温かさを与え合って、「生きていくってまんざらでもないね」と呟き合える“人間だけの性”だと説明。

しかし、こうした考え方が日本の夫婦には育っていないケースが多いことを、村瀬氏は30年以上前から問題視してきた。

「今、ライフサイクルの変化の中で、出産につながるセックスは生涯で1~2回になってしまいました。しかし日本の大人は、性やセックスのことを生きる喜びとは無関係の卑しいもの、いやらしいものと思っており、(2)の快楽・共生の性を受け入れられない人がとても多いのです」(村瀬氏)

これが原因で、子どもたちに対する性教育が進まないばかりか、セックスレスに陥っている大人は少なくない。まさに自分で自分の首をしめている状態だ。

セックスレスを解消した平原さんも、次のように振り返った。

「勃起しなくてもいいし、抱き合って撫で合っているだけでも素敵な行為だという視点を夫婦で共有できたら、“セックスレス問題”はかなり減るのではないでしょうか。女性側が拒否する理由には、男性のAVを教科書にしたようなセックスに対する嫌悪感や、性に対する汚らわしいとかいやらしいなどネガティブなイメージが根底にあると思います。

私にとってのセックスは、相手の愛情を感じられる素晴らしい行為、エネルギーを交換し合える癒しの行為です。性の学びが充実することでそういったイメージが変われば、“セックスレス問題”に悩む人も減るような気がします」

セックスレス解消にはコミュニケーションが不可欠

では「性の学び不足」を背景としたセックスレスから夫婦が互いに向き合い、事態を解消するにはどうすればいいのか。その糸口を見つけるには「セックスレス」を生じさせた個々の具体的なきっかけに目を向ける必要がある。

村瀬氏によれば、カップルが本来の意味でのセックスレスに至る理由には、以下の2点が考えられるという。

(1)過去の夫婦間のトラブルが未解決

例えば、一方による浮気や、夫の場合は、妻にセックスを求めたらひどく拒絶された経験。妻の場合は、中絶した経験、望まないセックスを強要された経験などが恨みや怒りとして心に残っているケースが考えられるという。この場合は言うまでもないが、過去カップル間に生じた歪みを2人で解決する努力が必要だ。

(2)セックス観の貧しさ

・「インサート至上主義」と「オーガズム神話」

AVや雑誌、インターネットなどから、「セックスの目的はインサート(挿入)とオーガズムにある」と思い込み、勃起と挿入にこだわるあまり、自分自身を追い詰め自信喪失するケース。特に中高年になると、男性は勃起を維持するのは難しくなり、女性はなかなか膣が濡れなくなる。男性が慌てて挿入しようとすれば、女性は痛みを感じ、不快・不満な思いをするうちに、次第にセックス自体を避けるようになってしまう。

この場合は、「インサート至上主義」と「オーガズム神話」を払拭し、勃起と挿入ばかりにこだわらない楽しみ方を2人で追求していくことが求められる。

・「一緒に生きることが楽しい」と思えない

「性」は「生」と重なり合っているため、「一緒に生きていて楽しい」という感覚や相手の人生に対する共感、喜びや悲しみを分かち合うことがないまま、体だけ繋がり続けることは難しい。歳を重ねれば重ねるほど、セックスは「性」から「生」の問題へ移行していく。

この場合は、最も亀裂が深い。相手に人間としての魅力や性的な魅力、愛着や信頼などを感じないならば、この先も共に生きていくことは難しいだろう。

平原さん夫婦の場合、過去の夫婦間のトラブルが未解決だったが、平原さんが自分の至らなさに気づいたことで過去の歪みを是正し、“セックスレス問題”解消に成功したのではないだろうか。

結局“セックスレス問題”は、「性の学びが不足したために、セックスを間違って認識した大人たちの問題」という側面が大きく、その解消方法は、「カップルでのコミュニケーションが必要不可欠」ということがわかる。

性を学ぶことは夫婦円満への近道

かつて、高校の保健体育教師をしていた村瀬氏は、日本の性教育の遅れや足りなさに危機感を持ち、独自に性を学び、生徒たちに教えるようになった。

「性について理解が深まるにつれて、もっと早くから学んでいれば、もっと早く自分に自信が持てたし、もっと早く妻との心地よい関係づくりができたと思う」と振り返り、最後にこう語る。

「性教育とは本来、『いのち・からだ・健康』の学問。そして、人格を育てるのに必須の『教養・知性』です。多くの大人が誤解していますが、卑しいもの、いやらしいものと思っているものは“ポルノ”であり、『“性教育”と“ポルノ”は、全く違うもの』。また、『”セックス”は、性教育のたくさんあるテーマのひとつ』。この2点を肝に銘じてほしいと思います」

「いのち・からだ・健康」の学問である性を学ぶことは、「性的トラブルを避けられる」「万が一トラブルにあっても解決に向かって適切に対処できる人間になる」だけでなく、「自分の性や身体に対して肯定的に捉えられる」「自己肯定感の高い人間になる」といったメリットがある。

自己肯定感が高い人は、自分はもちろん、相手も尊重できるため、性の正しい知識は、幸せな人間関係を築くための土台となるといえる。

人々が男女の性の違いや多様な性のあり方などを理解できるようになれば、セックスレスの克服のみならず、すべての人が生きやすい社会への助けとなるのではないだろうか。

“セックスレス問題”は、肉体に関する誤解や偏見と同時に、「性=インサート」「性=下半身の問題」と勘違いしてしまっていることから生じる問題でもある。現状、日本は欧米よりも中高年の男女が「ともに生活を楽しむ」ことが難しい社会だが、この課題を直視することなくして、“セックスレス問題”は解消できないだろう。

【主要参考文献】

フクチマミ・村瀬幸浩『おうち性教育はじめます 一番やさしい!防犯・SEX・命の伝え方』(KADOKAWA)

村瀬 敦子・村瀬 幸浩『素敵にパートナーシップ 40歳からの性と生』(大月書店)