テレ東の“英断”に称賛多数 メインがぬいぐるみの『おじさまと猫』、前例にとらわれない挑戦

2021年2月10日

オリコン

 「ぬいぐるみかよ!」――人気コミック『おじさまと猫』のドラマ化が発表されると、SNS等には期待と不安、そしてツッコミの声があふれた。同作は、主演の草刈正雄と売れ残りのブサイク猫「ふくまる」との物語だが、ふくまるは実写の猫ではなく人形。当初は違和感を抱く人も多かったようだが、徐々に「こんなに泣かされるとは…」との感動の声も。地上波ドラマでメインにぬいぐるみを使うという英断(?)、そして前例にとらわれないテレ東らしさとは? プロデューサー・濱谷晃一氏に話を聞いた。

■本物の猫ではなく人形を使った理由、「フルCGには予算がゼロ2つほど足りません(笑)」

――ドラマParavi『おじさまと猫』(毎週水曜 深夜0:58~ テレビ東京ほか)で、実際の猫ではなく、人形が用いられていることがSNSなどで話題になっています。「ふくまる」を人形で表現しようとした理由とは?

 「企画段階では、本物の猫でいくか、作り物でいくか選択肢はいくつかありました。以前、田中要次さん主演の『猫とコワモテ』を手掛けたのですが、その時は猫のありのままの姿を捉えることで成立するドラマだったので、本物の猫を使ったんです。ですが『おじさまと猫』では、ふくまるの気持ちがとても大事で、猫にも高いレベルのお芝居が求められる。本物でそれをやろうとすると撮影に時間もかかりますし、なにより猫にストレスがかかってしまいます。動物愛護の観点からも良くないですし、原作の桜井海先生も同じ気持ちでしたので、人形で表現することにしました」

――ドラマ発表当初は、ふくまるが人形であることに賛否両論だったと。

 「SNSなどでは、実写化決定の喜び半分、『ぬいぐるみかよ!』というツッコミ半分でした。でも、撮影現場では出演者もスタッフもみんな、人形のふくまるをとても可愛がっていて。それを見て、『オンエアされたらきっと愛してもらえる』という確信はあったんです。声をあてる神木隆之介さんも、自分だけアフレコなことに不安はあったそうですが、最初の読み合わせで草刈さんから『かわいい!』と拍手が送られるほどでした」

――人形以外の選択肢はなかったんですか?

 「フルCGでいけたら良かったのですが、それには予算がゼロ2つほど足りません(笑)。ただ、主演の草刈さんがおっしゃっていたのは『リアルタイムでふくまるとお芝居ができるので、人と演技をしているのとなんら変わらずに感情移入して演じられた』と。結果的に、良かったと思いましたね」

――それにしても、ふくまるはよく動きます。どうやって動かしているのでしょうか。

 「実は表情用と全身用で分けていて、表情用はマペット…下半身から手を入れて顔を動かします。全身用は差し金を使い、人形劇のような形になります。前足担当、後ろ足担当、人形を操るプロの方が2人で動かしてくれていて、これを後から合成で消す手法を取っています。お子さんには内緒ですよ(笑)」

――本物の猫とはまた違う、人形ならではの“ヌケ感”、ぬいぐるみのような質感が、視聴者の心に刺さっているようにも見えます。

 「そのギャップが良かったなとも感じています。実は私は、バラエティー担当時代が長かったんですよ。テレビ東京というと、終電を逃した酔っぱらいについて行ったら、予想外のドラマティックな人生が垣間見えたとか(『家、ついて行ってイイですか?』)、空港にいる外国人について行ったら、すごい日本への愛情があったとか(『YOUは何しに日本へ?』)、入り口の気軽さに比べて出口の感動が大きいドキュメント番組が多々あります。これを僕は“ラッキー感動”と呼んでまして(笑)、今回のふくまるの演出にも少しあてはまっているのではないかなと」

――「人形かよ」という入口で観てたら、その人形に感動してしまう…という出口に出ちゃったということですね。

 「そうです。実際、『人形にこんなに泣かされるとは』といった書き込みをたくさん見ました。人形だからこそ可能な感情表現がたくさんありますし。“ラッキー感動”はうまく発動しているようです(笑)」

■一度企画が通ると「上司が無関心に」、保険のきかないテレ東らしさ

――それにしても、地上波の猫ドラマに本物を使わないということに、テレビ東京らしさを感じます。

 「そうですか? 普通なら、本物の猫の可愛さを売りにするヒットの“前例”を踏襲し、マーケティング戦略を踏まえないと、『本当に猫好きの人は観てくれるの?』と上層部から問われると思います。『おじさまと猫』はそこからは外れていますが、物語のキモは、幸せになることを諦めていた主人公(猫)が幸せになっていくシンデレラストーリー。猫を愛でるだけでなく、猫と人間の心の交流に賭けてみようと」

――いっそのこと、人形にしてしまえと(笑)。

 「潔く(笑)。そんな“保険のきかなさ”が、テレ東らしさかもしれないです。予算の少なさを隠そうとしないところも、“らしさ”ですかね。『テレ東にフルCGをお求めですか?』、というわけです(笑)。あと面白いことに、テレ東では一度企画が通ると、その後、上司がいい意味で無関心になるという特徴があります。他局なら、“前例”をもとに『大丈夫なの?』と細かくチェックされると思うのですが、テレ東ではとくに何も言われない。良く言うと、作り手が作りたいものに賭けてくれる」

――全面的に任されるのは、作り手冥利に尽きますね。

 「誰も視聴率20%超えの大ヒットドラマを手掛けたことがないから、自信がないだけかもしれませんけどね(笑)。そもそも、最初の企画書には『ふくまるは人形です!』とは、書いていなかったかもしれないですけど…」

――草刈さんと神木さんという、キャスティングについては?

 「企画当初から、理想のイメージにしていたお二人に出演いただけました、奇跡です。本作に限らず、最近ではテレ東のドラマもキャスティングが豪華になっている感がありますね。もともと、ドラマでもバラエティーでも、タレントさんのパワーに頼らない、アイディア勝負のコンテンツが多かったと思います。だからこそかもしれませんが、テレ東が俳優さんたちの“地方の観光地”になってきたような気がするんです」

――どういうことでしょう?

 「『せっかく観光地に来たんだから、東京でも食べられるチェーン店ではなく、ご当地B級グルメを食べてみようよ』みたいな。『テレ東でしかできないことをやろう』というお話を数多くいただきます。これは俳優さんだけでなく、監督さん、脚本家さん、制作会社さん、出版社さんも同じ。そういう意味で“テレ東イズム”とは、“他局にできない企画の駆け込み寺”なのかもしれません。有名俳優が、そんな“テレ東イズム”を楽しんでくれる傾向はありがたいですね」

――先日、ふくまるにそっくりな猫・マリンの声を松本穂香さんが担当することも発表されました。今後の展開も楽しみです。

 「猫と人間が互いを想いやる“究極の純愛”を最後まで見守り、癒やしにしていただけたら幸いです。猫を大切にする気持ちはちゃんと伝わっていて、猫もそれに応えてくれるという気持ちがこもっています。安易なペットブームで動物がモノのように扱われないように…。原作の桜井先生の“猫への愛”に満ちた本作は癒しだけでなく、そんな意識も持ってご覧いただけたらうれしいですね」(文:衣輪晋一)