武蔵小杉タワマン住民の「本当の悲劇」がこれから始まる 他人事ではありません

2020年2月5日

現代ビジネス

一夜にして水浸しになった武蔵小杉のタワマンは、今も完全復旧していない。まだ表面化していない問題も山積している。災害大国日本で、同じ悲劇があなたの家を襲っても不思議ではない。

仮駐車場まで徒歩40分

「電気や水道はすでに復旧しています。でも、すべてが元どおりになったわけではありません。背伸びして買ったマンションだから、別のところに引っ越す貯金も今のところないし、ひとまず住み続けるしかないですよね」

こう語るのは、川崎市中原区・武蔵小杉駅前の「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」(以下、パークシティ武蔵小杉)に住む60代男性だ。

2019年10月12日に日本列島を襲った台風19号により、近隣の多摩川は一部氾濫した。再開発により「住みたい街ランキング」常連となった武蔵小杉駅前は、雨水と下水の混じる汚泥に浸かった。

地上47階建て、総戸数643戸のパークシティ武蔵小杉も浸水被害を受けた。地下階にあった電気系統が故障し、2週間近く停電や断水が続いた。

1階のエントランスは泥水が流れ込み、備え付けのソファはボートのように浮かんだ。タワマンでいちばん重要な設備となる6基のエレベーターも止まり、住民は階段での上り下りを強いられた。

「台風が来た日は『1階が浸水している、排水を手伝って欲しい』と、館内放送が流れたほどです。台風が去った後、大変だったのはトイレ。高層階が水を流すと低層階の下水が逆流する恐れがあるとして、使用禁止になりました。

水が止まっているうちは、30階以上も階段で降りて、1階の非常時に利用可能なトイレを使うか、近所の施設まで借りに行くしかなかった」(前出の住民)

「武蔵小杉ナンバーワン」と誉れ高かった人気タワマンの悲劇。現在の住民の生活を見ると、完全復旧どころか、まだ修復されていない箇所もあった。工事が進んでいないばかりか、その費用が保険でカバーされるかもわからないと住民は言う。

毎年のように激甚災害に見舞われる日本。高層マンションに限らず、あらゆる集合住宅に共通する「落とし穴」に、パークシティ武蔵小杉の住民ははまってしまった。

マンション近くの歩道には、浸水した際に付いたものと思われる泥汚れが、少し残っている。そして地下駐車場出入り口には、巨大な発電機が置かれ、大きな音が響く。発電機から地下に向かって、太い送電線が伸びている。出入りしている建設業者はこう説明する。

「水没した地下の電気系統を修理するためです。地下はまだ停電しているので、仮設電源を回さないと作業できません。色々な業者が出入りしていますが、工事が本格化したのは今年になってからだと思います。都心の建設ラッシュやほかの台風被害の対応に追われて、修理業者の人手が全国的に足りていないんですよ」

そしてこの地下にある駐車場は、今も使用できない状態だ。収容台数はおよそ400台で、台風の前は約200台が駐車していたというが、現在は一台も残っていない。

冒頭とは別の男性住民が語る。

「地下駐車場の修理が終わるのは『(’20年)7月以降』と、マンションの掲示板に書いてありました。台風のあと、管理会社は仮の駐車場を用意したんですが、場所は鹿島田。JR南武線で武蔵小杉から3駅のところで、徒歩で行くと40分以上かかります。

そんなところに駐車場があっても、不便すぎて誰も使わない。おまけに、元の駐車場代は払い続けている。『住民のせいじゃないのに』と、管理会社の対応に怒っている住民もいますよ」

共用部分がネックになる

車を持っていないタワマン住民も関係がないわけではない。マンションのいわゆる「共用部分」の故障は、マンション全体を巻き込むトラブルの原因になることが多い。

’08年に竣工したパークシティ武蔵小杉は、これから初の大規模修繕を迎えるところだった。ところが、その直前に地下の電気系統と駐車場が故障したため、修繕計画は大きく遅れることになる。

70代の女性住民はこう語る。

「今の工事が終わるまで、修繕の話は当分先送りになるんじゃないか、と住民の間では噂になっています。復旧工事にかかるおカネがいくらになるのか、どこから出るのか、まったく決まっていないからですよ」

我が家は火災保険や地震保険に入っているから大丈夫―。そう思っている人にとって、マンション共用部分の故障は想定外の落とし穴になる。

これは、パークシティ武蔵小杉のみならず、高層マンションに住む誰もが他人事ではない。

ファイナンシャルプランナーの清水香氏は次のように解説する。

「個人で入っている建物部分の保険は、自室の『専有部分』が、浸水などの被害にあった場合に適用されるものです。地下階の電気系統の故障で停電などがあったとしても、保険ではカバーされないのです。

共用部分については、管理組合が一括して火災保険や地震保険に加入しています。ただ、地震や火災だけでなく、水害でも保険金が出るかは、契約の内容次第です。そもそもタワーマンションのような大規模集合住宅では、管理組合が保険に入っているのかすら知らない人も少なくないようです」

個人で火災保険や地震保険に入っていたとしても、共用部分である駐車場やエントランスの故障は補償の対象外である。また、同じく共用部分にある配電盤が故障し、停電した場合も保険はカバーしてくれない。

冷蔵庫の食料やワインセラー、アクアリウムなどが被害を受けた場合だけでなく、在宅介護用の呼吸器が止まるなど、人命に関わる重大な事態が起こったとしても、個人加入の損害保険の適用外なのだ。

修理費用は誰が出す

管理組合加入の損害保険も、保険金が下りるのはあくまで共用部分の修理などにかかる費用のみ。しかも、その保険が水害に対応しているかどうかはケースバイケースで、今回のパークシティ武蔵小杉の場合でも、修理費用を全額まかなえるとは限らない。

住宅ジャーナリストの榊淳司氏は語る。

「タワマンの欠点は、通常のマンションにくらべて維持管理、そして修理のコストが非常に高いことです。地下駐車場がストップし、電気系統も故障したとなると、被害総額は3億~5億円にのぼってもおかしくありません。管理組合加入の保険に水害特約があっても、全額補償は難しいのではないでしょうか」

保険でまかないきれなかった修理費用を、いったい誰が払うのか。電気や水道の復旧で安堵している住民の「本当の悲劇」が始まるのは、具体的な被害総額が明らかになってからだろう。

近隣の不動産業者はこう言う。

「パークシティ武蔵小杉の住民には、『このマンションが水没したのは、川崎市の台風対応が遅れたからだ』と主張する人もいます。それで、川崎市から修理費用を引っ張り出そう、と。

ただ、いざ訴えたところで、勝てる望みは薄いでしょうし、争いが長期化すれば工期は延び、大規模修繕も後回しになる。おまけに、デベロッパーと管理組合、そして住民の関係性は悪くなる一方だと思うんですがね」

国が発表している洪水リスク情報では、パークシティ武蔵小杉が建つエリアの想定浸水レベルは「0・5m~3m」と指定されている。「氾濫時は大人でも避難が困難」であるとされ、もともと浸水被害がいつ発生してもおかしくない土地だった。

保険で修理費用をカバーできないなら、修繕積立金を前倒しして使うしかない。だが、これがタワマンの「負のスパイラル」の始まりとなりかねない。

「修繕積立金は、基本的にイレギュラーな出費のために貯めているおカネではありません。1回目の修繕を乗り切れたとしても、2、3回目は2倍近くのコストがかかるとされるのがタワマンです。

想定外の出費で修繕積立金を値上げせざるを得なくなると、ローンも併せた負担に堪え切れずマンションを出ていく人が増える。賃貸運営の場合も、維持費用がかさむと利回りが低下します」(前出・榊氏)

「また水没したら終わり」

人がいなくなればなるほど、共用費は当然高くなる。憧れだった共用ラウンジやプライベートシアターまでも、家計の負担になっていく。自室や建物の外観に損傷がなくても、内部ではマンション運営の「崩壊」が始まることになる。

浸水の危険性がある地域に建てられた高層マンションは、どこもパークシティ武蔵小杉と同じような被害に見舞われるリスクがある。マンション管理士の日下部理絵氏はこう言う。

「パークシティ武蔵小杉のように、10年ほど前に建てられたタワマンでは電気設備が浸水しやすい地下階にあるケースも多いです。もしものときの対策は原始的で、土嚢を積むか、止水板を立てるくらいしかない。運用ルールとそれなりの人手も必要です。保険では水害を完全にカバーできないことを考えると、重大なリスクと考えておいたほうがいい」

このところ、台風やゲリラ豪雨による被害は毎年のように起きている。今年も、首都圏を記録的な集中豪雨が襲う可能性は十分にある。

ある住民は嘆息する。

「いま、一番の望みは、去年のような台風が来ないことです。1回目も想定外だったのだから、2回目はさらに何が起こるかわからない。せっかく直しているところがもう一回水没したら終わりです」

もし修繕積立金が尽きた時に2回目の浸水が起きたら、ライフラインを復旧させることすらままならなくなるかもしれない。災害からの安心安全を謳っていたタワマンが、思わぬところから一挙に「負債マンション」へ転落してしまうのだ。

「今回の被害で、パークシティ武蔵小杉は『事故物件扱い』になってしまったかもしれません。一時ほどではないとはいえ、地価が高止まりしている武蔵小杉ですが、この物件は少なくとも2~3年は、台風前の金額で買い手がつかないでしょう。

我慢して住んでいるうちに、タワマン市場全体の価格が値崩れする危険性もある。売るに売れない、ただ待っていても危ない、そんな物件に住民は閉じ込められてしまった、と言うほかありません」(前出・榊氏)

武蔵小杉の悲劇を憐れんでばかりはいられない。台風被害は、いかなる高層マンションでも起こりうる。

『週刊現代』2020年1月25日号より

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