2020年11月21日
文春オンライン
インターネット通販の台頭や、コロナ禍による巣ごもり需要の増加を要因に、宅配業者の需要は増加の一途をたどっている。一方で、サービス残業の状態化が報道されるなど、現場からの疲弊を訴える声は後を絶たない。
現場で働くドライバーたちは一体どのような心境で仕事にあたっているのか。刈屋大輔氏による取材を通じて得られた貴重な証言をまとめた書籍『ルポ トラックドライバー』より、その実情を紹介する。
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アマゾン対応で混乱した「宅急便」の現場
宅配便最大手のヤマト運輸に勤務する松本さん(仮名)は2020年に入社8年目を迎えた。現在はセールスドライバーとして首都圏エリアで「宅急便」の集配業務を担当する。
取材に応じてくれたのはまだ初夏の頃だった。にもかかわらず、新型コロナ対策として義務づけられたマスク着用の影響なのか、松本さんの額やユニフォームには汗が滲んでいる。
街中を一日中走り回る「宅急便」の集配業務はただでさえハードなのに、コロナ元年となった2020年は例年以上に体力の消耗が激しいようだ。もともと細身で顔のまわりもすっきりとしている松本さんだが、少しだけ体重が落ちたという。
「4月以降、お客さんから荷物を受け取ったり、渡したりする対面時にはもちろん、台車を押しながら街中を移動する際にもマスクを着用している。マスクの影響で以前よりも仕事中に息が切れるようになったのは事実。でもコロナが落ち着くまでは仕方がない。確かに体力的に仕事はきつくなった。ただ、きつさという意味では、2015年から2017年あたりまでのほうがしんどかった」
松本さんが振り返る2015年から2017年にかけて、ヤマトでは「宅急便」の取扱個数が急増した。
同社資料によれば、この期間の取扱個数は16億2204万個(2015年3月期)、17億3126万個(2016年3月期)、18億6756万個(2017年3月期)。年間に1億個超が積み上がっていく驚異的なペースで推移した。
市場シェアは維持・拡大できたが…
大幅増が続いた背景には、ネット通販での需要拡大があった。とりわけ増加に寄与したのはアマゾンジャパンの荷物だった。
日本に上陸して以降、アマゾンはサイトで販売した商品の配送に宅配便サービスを利用してきた。そのパートナー(委託先)は日本通運や佐川急便などを経て、2013年からはヤマト運輸がメーンとなった。
アマゾンの配送を受託したことで、ヤマトの「宅急便」は一気に伸びた。90年代後半に宅配便事業に参入した佐川急便や、民営化後に日本通運の「ペリカン便」を飲み込んで攻勢をかけてきた日本郵便と、熾烈な荷物の奪い合いを繰り広げてきたヤマトにとって、アマゾンは市場シェアを維持、拡大していくうえで不可欠な顧客だった。
捌ききれない大量の荷物
しかし、取扱個数を増やすことに成功する一方で、「宅急便」の現場は“アマゾン対応”で完全に疲弊してしまった。
現有の戦力のみでは到底捌ききれないほどの大量の荷物が毎日のように営業所に届く。
それらを当日中、しかも指定された時間帯に届けなければならない。届け先が不在の場合には、何度も繰り返し訪問する。当日の配達ノルマをこなすため、昼休みなど休憩時間は取らず、さらに夜遅くまで残業して街中を走り回る。常に人手が足りない状態が続き、休日出勤を強いられる日々が続いた。
松本さんに限らず、ヤマトの現場で活躍するセールスドライバーたちは、アマゾンとの取引で「宅急便」の取扱個数が急増する裏側で、こうした過重労働を長期間にわたって余儀なくされてきた。「当時の勤務実態は尋常ではなかった。昼夜を問わず配り続けても営業所内やトラック内の荷物が一向に減らない。その原因はアマゾンの荷物だった。あまりにも忙しすぎて、段ボールにプリントされているアマゾンのロゴを見るだけで吐き気をもよおすこともあった」
常態化するサービス残業
そんな過酷な労働環境の中、さらに現場で働くセールスドライバーたちを悩ませたのは所属先上司による“サービス残業?の強要だった。サービス残業とは、従業員に超過勤務時間を実際よりも少なく申告させて残業代をカットするというものだ。
会社側は残業代の支払いが少なくて済む。これに対して、従業員側は本来受け取るべき収入が減ってしまう。サービス残業は雇用の継続や将来の昇格人事などを楯にして会社側が従業員に対応を迫る「悪しき慣習」にほかならないが、それが当時、ヤマトの社内では横行していた。
「サービス残業は本社や支社など上からの指示だったと聞いている。営業所としてのコスト抑制のノルマを達成したり、セールスドライバーの過重労働の実態を隠したりするための“協力?を求められた。具体的には、タイムカードをおさずに早朝の積み込み作業を行ったり、タイムカードをおしてから夜の退社前の事務作業をこなしたりして、トータルの勤務時間が短くなるよう調整させられた」
しかし、こうした会社ぐるみの隠蔽工作は長続きしなかった。一部の従業員が残業代の未払いなどを告発したことで、社内に蔓延するサービス残業の実態が一気に表面化した。
ヤマトでは、それを機に新設した「働き方改革室」を通じて、現場の労働実態を把握するための社内調査に乗り出した。その結果、全国の多くの現場でサービス残業が行われていることが判明した。
230億円の未払い残業代
社内調査を終えた会社側は、最終的に、過去2年間分を遡るかたちで、未払い状態だった残業代を従業員たちに支払うことを決めた。未払い残業代は総額で230億円に上った。
当初、ヤマトでは「サービス残業は一部の現場で行われていたこと」と主張していた。ところが、社内調査で蓋を開けてみると、“一部”どころではなかった。230億円という金額規模からしても、サービス残業が特定の現場での行為ではなく、全社的に常態化していたことは容易に想像できる。
前代未聞の「荷受け拒否」
その後、ヤマトでは、現場での過重労働を解消しようと、様々な対策を打ち出した。具体的にはまず、「宅急便」の引受量を制限する「総量規制」に踏み切った。
「総量規制」とは、集荷、幹線輸送、配達で形成する「宅急便」ネットワーク(インフラ)のキャパシティーを超えないよう、取り扱う荷物の量をコントロールするというものだ。前述した通り、営業所に捌ききれない荷物が溢れかえっている状態は明らかにキャパオーバーであり、それが現場スタッフの長時間労働や残業の温床になっているとの判断から、「宅急便」の取扱量そのものを一時的に減らすことにした。
ヤマトでは「当分の間、一日当たりの発送量を20%程度減らしてほしい」といった具合に、日々の出荷量が多い大口顧客を中心に協力を要請した。ヤマトからの依頼に難色を示す顧客に対しては、全面的な取引中止も辞さないという強気の姿勢で交渉に臨んだ。この「総量規制」の実施は、従業員たちを守る立場にある労働組合からも強く要請されたことだった。
荷物の受け入れを拒否するという前代未聞のヤマトの行動に、反発する顧客も少なくなかった。とりわけ強い憤りを示したのは通販会社だった。通販ビジネスはネット経由などで購入された商品を消費者に届けることで商取引が成立する。それだけに自分たちに代わって商品を配送してくれる宅配便は欠かせない機能だ。商品を運ぶことが拒否されれば、ビジネスそのものが立ち行かなくなってしまう。
それでもヤマトは意に介さなかった。大手はもちろん、受け入れ拒否が死活問題になりかねない中小零細規模の通販会社に出荷制限を迫ることもあった。商品配送の大部分をヤマトに委ねてきた最大顧客であるアマゾンに対しても例外ではなかった。
慌てたアマゾンは商品を安定的に供給する体制を維持するため、地域の軽トラ配送会社などを組織化した新たな配送ネットワークを構築した。「総量規制」以降は新ネットワークの活用比率を徐々に高めていくことで、ヤマトへの依存度を下げていった。
「殿様商売にも程がある」という批判
こうして顧客からの反感を買いながらも強引に推し進めた「総量規制」は、結果として成功を収めた。当初、ヤマトでは2018年3月期の取扱量を前期比で約8000万個(約4%)減らす方針を打ち出していた。最終的な着地は、前年同期比1.7%減(18億3668万個)と、目標値には届かなかったものの、全体のボリュームは抑制することができた。
松本さんは当時をこう振り返る。
「ある通販関連のお客さんに荷物の引受量を制限することを伝えたら、『荷物をたくさん出してくださいと頼まれたから、ヤマトさんにお願いしてきたのに、今度は出すな、運ばないぞ、だなんて、殿様商売にも程がある』と怒り心頭だった。こちらとしても『ごもっとも』と思ったので、返す言葉がなかった」
賛否両論を呼んだサービスメニューの見直し
「総量規制」とともに、サービスメニューも見直した。例えば、注文を受けたその日のうちに商品を届ける「当日配達」サービスは一時的に中断することにした。
「当日配達」は、購入者による注文キャンセルの回避や商品在庫回転率の向上につながるため、とりわけ通販会社から好評だった。しかし、最前線のセールスドライバーたちにとっては厄介な存在にすぎなかった。通常サービスである「翌日配達」分の荷物と再配達分の荷物の配達に追われる夕方以降の時間帯に、新たに「当日配達」分の荷物の配達が加わり、業務負荷が一気に増すからだ。この「当日配達」を停止したのは、ドライバーたちの長時間労働を是正するのが目的だった。
「宅急便」の利便性を象徴するサービスともいえる「配達時間帯指定」にもメスを入れた。従来は時間帯の区分として、「午前中」「12~14時」「14~16時」「16~18時」「18~20時」「20~21時」の6区分を用意していたが、このうち「12~14時」を廃止。さらに、「20~21時」をなくし、「19~21時」という区分を新設した。ドライバーの昼休み時間をきちんと確保したり、夜間帯に行う配達業務の負荷を軽減したりするためだった。
一連の「働き方改革」によって、現場で働くドライバーたちの労働環境は劇的に改善した。「総量規制」や「当日配達の停止」「時間帯指定区分の見直し」といった対策のほかにも、仕分けや積み込み作業に従事する補助スタッフの増員や、集荷・配達業務の外注化(協力運送会社への業務委託)拡大などを進めることで、ドライバーの労働時間は従来よりも大幅に短くなった。残業はゼロではないものの、過少に申告することを求められたりすることもなくなったという。
「とくに休憩時間の確保を徹底することは口酸っぱく指導されている。昼休み中は、たとえお客さんから連絡があっても、電話に出ないように、と言われている。勤務時間も正確かつ厳密に管理されるようになった」
「働き方改革」後の懐事情
もっとも、ヤマトの「働き方改革」は、松本さんをはじめとするセールスドライバーたちにとって、手放しで喜べることでもなかったようだ。松本さん自身、一連の「働き方改革」によって、残業を含めた勤務時間が減り、その結果年収が15%程度ダウンしてしまったという。
途中休憩をとらず、朝から晩まで荷物を抱えて走り回り、休日返上で出勤する。肉体的にも精神的にもハードな毎日だったが、体調を崩して倒れるまでには至らなかった。激務に身体が慣れていた。確かに仕事はたいへんだったが、それに見合うだけの報酬を得ていた実感があり、不満はなかった。
子供の教育費など、これから出費が増えていくことを考えると、年収ダウンは家計にとって大きな痛手だ。サービス残業は言語道断だが、「きちんと加算される残業であれば、むしろあったほうが収入面では助かっていたのは事実」と松本さんは本音を漏らす。
副業を始めるドライバーたち
松本さんの同僚たちの中には、「働き方改革」以降、減収分を補うため、副業を始めるドライバーも少なくない。しかもその副業は、同じ配達の仕事だという。“本業”の勤務日の定時終業後や休日の日中に、いつもと違うユニフォームに身を包んで、街中を走り回っている。
実は、宅配便会社をはじめとするトラック運送会社では、ドライバーによる副業を認めていないケースが多い。とりわけドライバーが副業としてドライバー職に就くことを禁じている。
その理由はほかでもない。疲労による体調不良が原因となって交通事故や災害を発生させることがないよう、トラックドライバーには乗務終了後、継続8時間以上の休息期間を確保することが法的(厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準=改善基準告示」)に求められている。本業での仕事を終えた後や休日に、副業としてハンドルを握ることは、このルールに抵触する恐れがあるからだ。
それでも副業ドライバーは後を絶たない。「営業所の上司も他社で配達員の仕事に就いていることは薄々わかっている。しかし、働き方改革で収入が減っていることを承知しているから、見て見ぬふりをしているというのが実情だ」と松本さんは指摘する。
違反のリスクを承知しながらも副業ドライバーの受け入れに積極的なトラック運送会社も存在する。通販商品の配達サービスなどを展開する、ある軽トラ運送会社もそのうちの一社だ。同社では、ヤマトのような大手宅配便会社に籍を置く副業ドライバーたちを、教育や研修をほとんど必要とせずに現場に投入できる「宅配便の業務ノウハウを身につけた即戦力」(同社経営幹部)として重宝している たとえ法的に問題があるとしても、需要がある以上、より多く稼ぐためにトラックドライバーたちが副業でもドライバーとしてハンドルを握るという流れはしばらく止めることができないだろう。
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(刈屋 大輔)