草彅剛「ミッドナイトスワン」は大ヒット、いよいよ本領「飯島三智氏」のプロデュース力

2020年10月12日

デイリー新潮

 9月25日に公開された草磲剛(46)の主演映画「ミッドナイトスワン」(内田英治監督)が大ヒットしている。エグゼクティブプロデューサーとして制作指揮を執ったのは4年前にジャニーズ事務所を離れ、CULENの代表となった飯島三智氏(61)。故・ジャニー喜多川氏が才能を高く買っていた飯島氏が、いよいよ本領を発揮し始めた。

「ミッドナイトスワン」はトランスジェンダーの凪沙(草磲)が、預かった親戚の女子中学生・一果(服部樹咲、14)に母性愛を降り注ぐ物語。識者たちの間からは早くも「今年の映画賞を独占する」という声が上がっている。

 凪沙はマイノリティーとして生きづらさを強いられている。一果もまた平均的な中学生ではない。酒癖の悪い母親の早織(水川あさみ、37)が育児放棄しているので、凪沙に預けられた。

 作品は凪沙と一果の愛情物語だが、世間のマイノリティーへの無関心や無配慮も静かに鋭く批判している。ジャニーズという芸能界の一大勢力を離れた途端、テレビに出られなくなった元SMAPで現在はCULENに所属する草磲、香取慎吾(43)、稲垣吾郎(46)の姿をオーバーラップさせた人もいるのではないか。

 この映画において飯島氏は名ばかりのエグゼクティブプロデューサーではない。内田英治監督の選定など一から制作を手掛けた。飯島氏の力量がフルに発揮された作品なのである。

 配給は東宝などの大手ではなく、独立系のキノフィルムズ(木下直哉社長)。このため、公開は全国151スクリーンと中規模だ。もっとも、オープニング3日間で8万3519人を動員し、1億2076万9260円の興収を上げた(興行通信社調べ)。

 キノフィルムズは、稲垣が主演した2019年の映画「半世界」、同じく香取が主演した「凪待ち」も配給した。同社は木下工務店で知られる木下グループの1つ。飯島氏が笹川陽平・日本財団会長(81)に高く買われているのは有名な話だが、木下社長もまた飯島氏を評価し、後ろ盾となっている。

 木下氏は木下グループCEOでもある。ただし創業家とは無関係で、2004年に木下工務店をM&Aで買収したヤリ手財界人だ。以前からエンタメビジネスにも関心が強く、2006年から映画産業にも進出した。

 タニマチ気取りでエンタメに手を出す財界人もいるが、木下氏は違う。邦画・洋画の配給にとどまらず、2015年には高良健吾(32)主演の「悼む人」(堤幸彦監督)を制作。映画界で確かな存在感を示している。

 木下氏と飯島氏の蜜月はジャニーズにとって心穏やかではないかもしれない。「半沢直樹」であらためて演技力の高さを示した西田尚美(50)や小林稔侍(79)ら実力派役者を擁する芸能プロダクション・鈍牛倶楽部も木下グループに入っており、さらに堂珍嘉邦(41)が所属する芸能プロダクション・キノミュージックもグループに属するからだ。

 テレビ局が長らく元SMAPの3人を出演させなかったのはジャニーズに絶対的な力があり、忖度したから。もっとも、飯島氏がエンタメに関心高い木下氏の助勢を得た上で、元SMAPの3人の魅力にさらに磨きをかけたら、両者のパワーバランスには変化が生じるだろう。ジャニーズで退所者が相次ぎ、不祥事が続いていることも影響するのは言うまでもない。

 既にパワーバランスは変化しているのかもしれない。それを表すかのように草磲は来年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」に徳川慶喜役で出演する。3年前にジャニーズを退所して以来、初の地上波ドラマだ。

 香取も来年1月からテレビ東京の連続ドラマ「アノニマス~警視庁“指殺人”対策室」(月曜午後10時)に主演する。こちらも地上波ドラマは3年ぶりとなる。

 香取のテレ東での地上波ドラマ復帰は順当だろう。日本テレビは故・氏家齋一郎元会長とジャニーズのメリー喜多川名誉会長(93)が昵懇の仲で、だから嵐の櫻井翔(38)の「news zero」のキャスター就任が決まった。氏家氏の没後も両者の関係は緊密で、ドラマやバラエティーへのジャニーズ勢の出演は多い。

各局との関係性

 フジテレビはかつて飯島派と呼ぶ向きすらあったが、「SMAP×SMAP」の生みの親で飯島氏の盟友だった荒井昭博氏(57)がBSフジ常務に転出し、現在はパイプ役と呼べる有力者が見当たらない。

 TBSは木村拓哉(47)主演の「グランメゾン東京」(2019)、テレビ朝日も同じく「BG~身辺警護人~」(2020)を放送したばかりで、両局で元SMAPの3人が復帰するとは考えにくい。メリーさんがキムタクを寵愛し、それがSMAP解散の一因になったと思われているからだ。忖度のメカニズムが働きやすいはず。

 飯島氏も香取を復帰させるならテレ東がやりやすいと考えたのではないか。学生の就職先人気でトップになるなど勢いもある。なにより、飯島氏が「アノニマス」という企画を選んだのは炯眼にほかない。

 内容が斬新なのだ。香取は主人公の刑事・万丞渉に扮するが、追うのは単純な事件ではない。ネット上の誹謗中傷や炎上で命を落とす人を救うために奔走する。

 タイムリーな企画だ。ネット問題をテーマにした刑事ドラマは本邦初。おそらく他局のドラマ制作者は先を越されたと悔しがっているだろう。香取もやりがいがあるに違いない。

 テレ東は局内でドラマの企画を募集し、300通を超える応募の中から「アノニマス」を選んだという。企画者はプロデューサーを務める濱谷晃一氏。これまでに「みんな!エスパーだよ!」(2013)「フルーツ宅配便」(2019)など話題作を次々と手掛けてきた敏腕制作者である。「警視庁ゼロ係」(2016)など犯罪ドラマの経験も豊富にある。

 飯島氏が濱谷氏に香取を託すのも的確な選択に違いない。テレビ界が絵に描いたような秀才ばかりになってしまった中、濱谷氏は高校時代の偏差値29から一浪して慶応大に入ったことを隠さず、古き良き時代のテレビマンを感じさせる制作者なのだ。

 他局ではまず作れないデリヘルの人間模様を描いた「フルーツ宅配便」を果敢にプロデュースするなど、挑戦的な面もあるので、テレビ界の掟に従ってジャニーズに忖度する気などないのだろう。

 テレ東もジャニーズとの関係が浅いわけではない。例えば9月30日に放送された「テレ東音楽祭2020秋」の司会はTOKIOの国分太一(46)が務め、ジャニーズ勢は8組も出演したのだから。

「アノニマス」が放送される月曜午後10時台は、図らずも2016年まで「SMAP×SMAP」(フジ)が放送されていた時間帯である。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年、スポーツニッポン新聞社入社。芸能面などを取材・執筆(放送担当)。2010年退社。週刊誌契約記者を経て、2016年、毎日新聞出版社入社。「サンデー毎日」記者、編集次長を歴任し、2019年4月に退社し独立。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年10月12日 掲載