2020年5月1日
HARBOR BUSINESS Online
◆客足9割減で廃業も!「食」を支える目利きの町「築地&豊洲」が大量倒産危機
「お姉さん、その切り身1000円でいいよ! 売れ残ったらもったいないからさ」
よく聞く気前のいい売り文句も、どこか物悲しさを帯びているのは時節柄か。4月24日午後1時40分。築地場外市場の大半の店は午後2時までの営業だが、その店主は早々と店仕舞いの準備をしながら、一組の老夫婦に切り身を勧めていた。足を止めて品定めしていたのは、その老夫婦だけ。通りは閑散としていた。
「1月は通りに人が溢れるほどだったのに、3月から激減して客足は10分の1に。仕入れのために豊洲と築地の両方に顔を出していたお客さんも、すっかり来なくなった」
こう話すのは鮮魚店の従業員。’18年に市場が豊洲へ移転したことにより、築地場外は一変した。セリ場見学目当ての観光客が減り、市場と場外をハシゴして仕入れる飲食店関係者も減少。それでも、目利きに優れた食の町として踏ん張ってきた。明治40年創業の鶏肉卸店「鳥藤(とりとう)」会長で、築地場外市場商店街振興組合理事長の鈴木章夫氏も次のように話す。
「豊洲移転を機にプロだけでなく、一般のお客さんや観光客向けの商品を増やし、みんなでPRを続け、ようやく卸と観光のバランスが取れてきたと思ったら、コロナで全部ダメになった。鳥藤は売り上げが9割減です。移転のときは多くの政治家が私たちの窮状に耳を傾けてくれたのに、今は一部の方だけ。補償をお願いしていますが、小池都知事が動かなかったら、何人もの従業員を抱える老舗からつぶれていくでしょう」
実際、すでに廃業を決めた店もある。築地場外で74年間、「スパイスの北島」として親しまれた北島商店だ。在庫整理に来ていた従業員が話す。
「コロナと五輪延期で売り上げは半分以下に。それで社長は4月7日に廃業を決めたようです。古くからのお客さんからは、『閉められたら困るよ』ってお声をいただくんですけど、いつまでこの状況が続くかわからないし、後継者もいない。続けても先は長くない、という判断ですね」
今や、次に廃業するのはどこか?は、築地場外関係者の関心ごとだ。
「ほかが2店、3店と店仕舞いしたらウチも……と考えている店は多いはず。ウマイものに関するいろんな店があってこその築地。廃業が増えて街の魅力が失われたら、店を続けるほど苦しくなる」(乾物屋店主)
今の築地で目立つのは、シャッターを下ろした寿司屋の多さだ。
「明治から続く老舗の寿司清(すしせい)さんなど、多くの寿司屋が並ぶ築地東通りはさながらシャッター商店街。今や9割が休業中なので、寿司目当ての客もいなくなった」(鮮魚店店主)
◆寿司チェーンの撤退・廃業情報が錯綜
築地場外を中心に6店舗を展開する人気店「秀徳」のオーナー社長、本橋正恵氏も次のように話す。
「売り上げは例年の75%減。今は衛生対策を徹底して、2店舗だけ営業を続けていますが、正直、いつまで続けられるかはわからない状況。寿司店が続々と休業していって卸先が減り、豊洲市場に“いいモノ”が入りにくくなったので。売れるのはスーパー向けの低単価のモノばかりなので、高級魚を獲っていた漁師さんは休漁しているんです。かといって、高級寿司店が兄貴(古いネタ)を使うわけにもいかない。ウチもテイクアウトやデリバリー用に新メニューを用意しましたが、Uber Eatsは35%も手数料を取るので使えない。この状況が続けば、半分の寿司店が廃業するでしょう」
別の寿司店主によると、すでに場外周辺で複数店経営する寿司チェーンの身売り話が持ち上がっているという。関西から進出した店や大手チェーンの撤退・廃業も囁かれている。
「立地とブランド力から、場外市場の賃料は豊洲移転まで高騰し続けた。高いと坪5.5万円取られている店もある。丸の内の高級オフィスビル並みですよ。古くからここで営業している店は持ち家のところも多いけど、あとから来てコロナが直撃した店は耐えられないよね」(寿司店主)
その割を食ったのが寿司職人。実は、寿司チェーンで腕を振るう多くの職人は派遣だ。寿司派遣大手の興輝の関係者は「職人さんの大半は休業状態。いつ復職できるかわからないので、まったく関係のない業種でバイトに励んでいる人もいる」と話す。いいネタ、いい寿司屋、腕のいい職人も消えようとしているのだ。
◆「続けるのも地獄、休むのも地獄」
当然、ネタを卸す豊洲市場の危機感も強い。銀座「久兵衛」などに最上級の天然本マグロを納める仲卸大手「やま幸(ゆき)」の山口幸隆社長が話す。
「月に5億円あった売り上げが、直近では1.5億円。高級寿司店の休業に加えて、ホテルのお客さんの注文も完全にストップした。高級店向けの仲卸はお手上げですよ。マグロのハラカミとか一番美味しくて値の張る部位だけ売れ残るんだから。ウチは日本一のマグロ仲卸を目指して大きくしてきたから、1年は耐えられる体力があるけど、仲卸の多くは数人で切り盛りする中小零細。飲食店やホテルが休業を続けたら、仲卸の半分はつぶれかねません。かといって、ウチらは勝手に休めない。続けるのも地獄、休むのも地獄です」
実は豊洲市場に出店する業者が休業するには、都の条例に従い、休業申請をしなければならない。市場機能を維持するための制度だ。すでに15店舗以上が休業申請を出しているが、都が1店につき50万円給付する“協力金”の対象とはなっていない。仲卸業者の間で温度差もある。
「スーパー向けの低価格の鮮魚を扱う仲卸業者は『年末商戦並み』と話すほどの繁盛ぶり。一方で国産マグロなどは1㎏の値段が3分の1に下がったりと、高級店向けの業者は需要減と単価減のWショックを受けているんです。かといって、スーパーに卸すのは至難の業。飲食店は4日後払いですが、スーパーの支払いスパンは2か月。大量の商品を卸して2か月後の支払いを待てるほど体力のある業者は限られているのです」(日刊食料新聞・木村岳記者)
◆日本人は本当にウマイ魚を食べられなくなる
今、国産マグロのほか、キンメダイやのどぐろなどの高級魚も大きく値崩れしている。一部はスーパーなどを通じて、お手頃価格で消費者に流れているが、今だけの話。「漁師は補償が出るから、いい値がつかないなら休む。おのずと高級魚の入荷は減り続けて、日本人は本当にウマイ魚を食べられなくなるかもしれない」(仲卸業者)という。築地&豊洲の危機は日本の食の危機なのだ。
都は2月末から豊洲市場への一般客の入場を禁止している。大正時代から続く「センリ軒」店主で、東京中央市場飲食業協同組合理事長の川島進一氏は「都が一方的に一般客の入場を禁止して売り上げが激減しているのに、市場機能を維持するのに不可欠だからと市場内の飲食店は休業要請の対象外。休業しても協力金がもらえない」と話す。
<取材・文/週刊SPA!編集部 撮影/池垣 完(本誌)>
※週刊SPA!4月28日発売号より