「どうする松本潤?」コンフィデンスマン“古沢脚本”の超難関《40年ぶりに家康を描くNHK大河》

2021年2月14日

文春オンライン

 2023年の大河ドラマ『どうする家康』で松本潤(37)が主演を務めると発表された1月19日、ネットは驚きの声にあふれていた。反応は大きく分けて2つ。

 1つめは、2020年末で「嵐」が活動休止して以降、個人での仕事が少ないことを心配されていた松潤への祝福のメッセージ。

 もう1つが、「大河の主役がジャニーズか」、「最近の大河はどんどん軽くなる」のという“ジャニーズ主演”そのものへのネガティブな反応や、「家康に松潤は似合わない」という“ミスマッチ”を指摘する声だった。

 しかし、『どうする家康』の脚本を担当するのは、古沢良太氏(47)。古沢氏はこれまでに堺雅人主演の『リーガル・ハイ』(2012年/フジテレビ系)や長澤まさみ主演の『コンフィデンスマンJP』(2018年/フジテレビ系)、長谷川博己主演の『鈴木先生』(2011年/テレビ東京系)などを手掛け、重厚というよりは軽妙な作風の脚本家だ。

 経歴から考えれば、三谷幸喜の『新選組!』(2004年)のようなコメディ要素たっぷりの“異色大河”になりそうな予感がある。そして古沢氏の脚本といえば長台詞を多用することでも知られており、演じる側への要求は高そうだ。どうする松潤?

松潤の起用を脚本家が望んだ理由

 現時点で判明している情報から、「松本潤主演×古沢良太脚本=徳川家康」の可能性を考えてみよう。報道によれば、主人公が徳川家康に決まったのも、主演に松潤を抜擢したのも、古沢氏のたっての希望だという。いったいなぜ「家康」で「松潤」だったのか。

 大河ドラマには戦国時代を舞台にしたものが多く家康は多くの作品に登場しているが、実は単独での大河主人公は1983年に滝田栄(70)が主演した『徳川家康』以来、40年ぶりとなる。一般的には「棚ぼた的に天下が転がり込んできた」ずる賢いタヌキ親父的なイメージが強いが、古沢氏は家康の中に別の側面を見出し、そこから「家康」+「松潤」の組み合わせを生み出したという。

「カリスマでも天才でもなく、天下取りのロマンあふれる野心家でもない、ひとりの弱く繊細な若者が、ただ大名の子に生まれついた宿命ゆえに、いやが応にも心に鎧をまとわされ、必死に悩み、もがき、すべって転んで、半ベソをかきながらモンスターたちに食らいつき、個性的な仲間たちとともに命からがら乱世を生き延びてゆく。それこそが誰もが共感しうる現代的なヒーローなのではないか」

「主演の松本潤さんは、華やかさと親しみやすさを持ち合わせ、私の描きたい主人公像『ナイーブで頼りないプリンス』にまさにピッタリ」(NHK公式サイトより)

 タヌキ親父ではなく、ナイーブなプリンス。なるほどそう言われてみれば、古沢氏が描こうとしている新しい徳川家康像に、松潤が徐々に重なってくる。

「カッコつけすぎて逆に面白い」という新キャラ

 松潤は華やかなスターオーラを纏う一方で、バラエティ番組では不器用さをさらけ出してイジられることも多かった。『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)の「THIS IS MJ」というコーナーでは、「カッコつけすぎた結果、カッコよすぎて逆に面白い松本潤」という新たなキャラを確立してみせた。

 このキャラクターが面白かったのは、番組企画のために無理やり作られたものではないことも影響している。もともと松潤が持ち合わせている、想像を絶する真面目さ、ストイックさ、熱さという特徴が反映されているからこそ「カッコよすぎて逆に面白い」キャラクターの魅力は本人によくフィットした。

「食事をしていてもお酒が入っても仕事の話しかしない松潤」のエピソードは、仲のいい生田斗真をはじめ多くの人が語っている。「嵐」のコンサートの演出を任されていて、その打ち合わせがいつも白熱するので、予定の時間を超えて深夜に及ぶというのもファンの間では有名な話だ。

 後輩の面倒見もよく、「Hey! Say! JUMP」のライブを見にいったときには、紙にびっしりアドバイスを書いてメンバーに渡したこともあったという。おせっかいなウザい先輩扱いされてもおかしくないが、親切100%の松潤だと、なんともほっこりしたエピソードになってしまう。

 これらの松潤の性質は、役者としての印象にも大きく影響している。代表作となった『花より男子』(2005年/TBS系)で演じた道明寺司も一見「俺様系」のようでいて、真っすぐで熱く、そしてちょっとヌケたところのあるキャラクターだった。

 それ以前にも、松潤がコメディ適性を発揮した作品がある。

 嵐の初主演映画『ピカ☆ンチ LIFE IS HARDだけどHAPPY』(2002年)で、彼は“ボン”という役を演じている。川崎で純和風居酒屋を経営する父を持ち、登場人物たちが住む団地の中ではお坊ちゃん扱いをされている“ボン”。Tシャツをインした独特なスタイルで、好きになる女の子も超個性派。その子の笑顔を見るために、原宿でクレープ屋を開くという謎の行動に出る。全体にコメディ色の強い映画だが、中でも松潤演じる“ボン”は完全な“お笑い枠”だった。

 ちなみに『ピカ☆ンチ』のDVDに特典として収録されたメイキング映像には、「釣り堀で人生について考えていたら長靴を釣り上げてしまう」というシーンの撮影で、エサがついていない竿でなぜか本当に魚を釣ってしまいNGになり、照れ笑いしながらガッツポーズする松潤の姿が収録されている。こういう「真面目にやっているのに、なぜか面白くなってしまう」というのが松潤なのだ。古沢氏がそれを知って松潤とともに新たな家康像を作ろうと考えたのなら、かなりの慧眼と言える。

懸案の長ゼリフについては…

 そして古沢氏の脚本の魅力でもあり、俳優にとっての関門である長ゼリフについて、かつて松潤は高い能力を証明したことがある。

 型破りな弁護士・深山大翔を演じた『99.9』シーズン1(2016年/TBS系)の最終回。裁判の最終弁論で松潤は、冤罪事件は多くの人を不幸にすること、刑事裁判で最も許されないことを熱弁した後に、一気にこう語る。

「日本の刑事裁判における有罪率は99.9%。なぜ、このような高い数字が出るのでしょうか。それは、国家権力である検察官が起訴を決めた内容は正しいはずであると誰もが疑わないからです。ですが、本当にそうなのでしょうか。我々はそこに隠されているかもしれない本当の事実を見逃してはならないのです。どうか皆さん、目で見て、耳で聞いて、考え、自分の答えを探してください。起こった事実は、たったひとつです」

 深山の父は冤罪によって人生を奪われている。心の底から湧き上がるその怒りを抑えて、静かに吐露する名場面に視聴者は大いに胸を打たれた。

 また、2013年7月13日放送の『あたらしあらし接近中』(フジテレビ系)でチャレンジした「松本潤は8分間の長セリフを一発成功できる?」という企画も忘れられない。

「稽古日数は1日」、「監督はフジテレビの重鎮の河毛俊作氏」、「共演に大物女優・大地真央」、「場内アナウンスが先輩の東山紀之で、“パーフェクトな男”とあおられる」というプレッシャーをかけられながら、「5重人格という設定+超難解な長ゼリフ」に挑戦。しかし松潤は1度も噛むことなく、5重人格も完璧に演じ分けて8分間の長ゼリフを成功させた。いま思い出しても鳥肌が立つ集中力である。

 ところで松潤と家康の共通点を考えるとき、どうにも浮かんでくるのが、山田芳裕氏の漫画『へうげもの』の徳川家康である。『へうげもの』の主人公は織田信長、豊臣秀吉に仕えた文化・芸術を愛でる数寄者・古田織部だが、この作品の家康はなんとも味わい深い。

『へうげもの』の登場人物たちは、近年の研究を取り入れて性格などが設定されていて、家康もずる賢いタヌキ親父というよりは、クソがつくほど真面目で仁義に熱い、愛らしい人なのである。『どうする家康』の発表があった後に読み返すと、なんだか家康が松潤に見えてくる。

 例えば、安土城で織田信長に接見した家康が、足袋が擦り切れていることを咎められる場面。家康は、真っすぐこう返す。

「我らの暮らしが民百姓の血と汗で支えられている限り 一切の贅沢は許されぬものと心得ております それが武人の正しい姿かと」(2巻)

 茶の湯や詫び寂びに疎い無粋な面もあるが、質素を重んじ、人との約束事や仁義を重んじる。セリフもいかにも松潤に似合いそうだ。

松潤の脱糞シーンはどう描かれるか

『どうする家康』に個人的に楽しみにしていることはまだある。2010年に三井記念美術館で開催された『江戸を開いた天下人 徳川家康の遺愛品』で知った、家康の「理系男子」の側面だ。「駿河活版印字」という当時ハイテク技術だった印刷設備や、洋時計、海図にメガネ、日本初の鉛筆などが展示され、質素で真面目一辺倒に見える家康が、実は様々な科学技術に興味を持っていたと紹介されている。嵐のライブ演出に最先端の技術を次々に導入してきた松潤、を重ねるのは無理があるだろうか。

 おまけに、家康は「健康オタク」として知られており、当時としては異例とも言える75歳まで生きた。松潤も周囲の人の体調を気遣って常に漢方薬を持ち歩いており、メンバーからは「松潤薬局」と呼ばれていた。地方に行くときに、グルテンフリーの麺を家から持参したこともある。

 家康といえば三方ヶ原の戦いで武田信玄に敗れ、敗走中に恐怖のあまり脱糞したというエピソードも有名だ。こうしたビビりな面を古沢脚本はどう描き、松潤はどう演じるのだろうか。

 考えれば考えるほど重なってくる「松潤=家康」だが、古沢良太氏はいわゆる「あて書き(演じる俳優の特徴に合わせて人物を描く手法)をしない」と公言している脚本家である。

 数々の妄想も飛び越えて、想像もつかない新しい「松潤家康」を見せてくれることだろう。

(田幸 和歌子/Webオリジナル(特集班))