木村拓哉の「教場」に原作ファンが違和感抱く訳

2021年1月31日

東洋経済オンライン

昨年と今年の正月に放送されたフジテレビのドラマ『教場』『教場Ⅱ』。長岡弘樹の小説が原作で、警察学校が舞台。異種の学園モノかと思いきや、きっちり警察ミステリかつ苦い青春群像劇。

私自身はそこそこ楽しんだが、原作をこよなく愛する編集者のひとりが「違和感しかない」と憤る。原稿にするならば、原作との違いや違和感の根源はつかんでおかねばなるまい。

ということで、読んでみた。『教場』『教場2』『教場0』そして『風間教場』の4冊を。

面白かった。ページをめくる手が止まらず。私の「教場に対する思い」が固まったので、まとめてみる。

原作のエピソードに忠実だった2020年版

若者が警察官になるべく、厳しい訓練を受ける設定なので、基本的には若手俳優の活躍の場になる。しかも『教場』では規律や心得を学ぶ以前に、人としての倫理観や警察官としての素質を徹底して「篩(ふるい)」にかけられるのが特徴。

学生の前に立ちはだかるのは、「風間公親」という元刑事で義眼の教官だ。嘘をつく者、罪の意識が欠如した者、偏った思想の者を看破し、容赦なく退校届を突き付ける。

「警察官の制服を着せてはいけない人材」というのは、ドラマでも重要な役割だ。そこに配置された実力派の若手俳優は強く印象に残った。

2020年版で記憶に残ったのは、林遣都と井之脇海。林が演じたのは、劣等感と嫉妬から凶行に及ぶ平田和道という学生。この無理心中に巻き込まれたのは、工藤阿須加演じる優しい優等生の宮坂定だ。

林の父は警察官(演じたのは光石研)で、工藤の命の恩人という設定。非常に複雑な心情だが、林は工藤に対する悪意の形成の過程を不穏な表情で見事に演じた。

また、警察官の志望動機が不純な「銃マニア」の南原哲久を演じた井之脇も、工藤を陥れて改造銃を作っていた事実を隠蔽しようと目論む。嘘をついて人を陥れる天性の「罪悪感の欠如」をさらりと演じた。

もちろん、このふたりの狂気を支えたのは脅されっぱなしの工藤でもある。優等生で教官のスパイまでやらされる気の弱さとまじめさ。2020年版の主役はある意味、工藤でもあった。

が、卒業シーンで続編の布石も打たれていた。風間教官から「死ぬなよ」と声を掛けられていたのだ。2021年版では案の定、工藤は暴走車に跳ね飛ばされて死亡。衝撃だった。原作では他の警察官が亡くなる。宮坂定は、警察学校で講師を頼まれるほど立派な警察官に成長しているのに。

その他のエピソードも、2020年版の『教場』は原作にわりと忠実だった。勘違いで同期に脅迫状を送り付けるも逆に酷い仕返しをされる楠本しのぶ(大島優子)、容姿に自信があるものの実力は伴わない菱沼羽津希(川口春奈)、最も警察官向きなのに旅館の女将になった枝元佑奈(富田望生)、先輩警察官の悪事に加担する調達屋の樫村卓実(西畑大吾)、妻子持ちの元ボクサーと異色の経歴をもつ日下部准(三浦翔平)。

唯一、斜に構えた優等生・都築耀太を演じた味方良介だけはハイブリッドで、原作に登場する都築耀太と美浦亮真を混合した役どころだったと知る。

それに比べて、2021年版の『教場Ⅱ』は原作と乖離し始めた印象がある。複数のエピソードを混合し、原作にない人物を配置し、ドラマとして独り歩きし始めたようだ。原作ファンが抱く違和感は、ここにあったのか。

意図的に女性を多く配置した『教場Ⅱ』

2021年版の特徴としては、女性キャストをかなり意図的に増やしたことだ。

福原遥(忍野)と高月彩良(堂本)の役どころは、原作では男性。「女性に片思いする男の歪んだ性癖」は「女性同士の思慕を超えた情」に挿げ替えられていた。恋心と善意の矢印の向きがわかりにくくなり、視聴者は困惑。

正直、私も「?」と思った。原作のエピソード(『教場2』第二話・心眼)を読んで理解した。性別を無理に変えて生じる「特性の違い」は、説得力を低下させてしまった気もする。

また、上白石萌歌演じる石上史穂は、「総代争いをする男子のいざこざ」でトラウマを抱えて休学した同期生という設定だが、原作にはない。ハチ嫌いの男子にまつわるエピソードはあるが、大幅に手を加えた運びに。罪の意識は異なる形で上白石に転嫁されたのだ。ま、ここのくだりは、伊藤健太郎の事件もあって撮り直しになったため、苦悩と配慮があったに違いない。

そして、松本まりか演じる副教官見習いの田澤愛子は、原作の『教場0』では刑事、「風間教場」では助教になっている平優羽子に、かなりの引き算と微妙なかけ算を施した問題のある人物と化していた。「悪女を演じて喝采を浴びてきた松本まりかならでは」というエンタメ要素を加えた形である。

女性キャスト増量にも違和感を覚えた人がいたようだが、私自身はジェンダーギャップに配慮した苦肉の策であり、悪くはなかったと思う。「男だけの俺たちの物語」には批判がつきものだから。つうか、私が批判するからな。

ただし、数を増やせばいいってもんじゃない。原作における重要な役から女性を外して、妙な添え物にしたてあげて誤魔化そうとする魂胆はバレるもの。

原作では、平優羽子は風間公親が義眼になった背景にかかわった人物でもある。警察官の来し方行く末の一例を担い、風間公親の文字通り手となり足となる重要な設定だっただけに、ドラマで違う形になってしまったのは残念に思う。

いろいろと見えたこともある。2021年版のラストシーンは、今後の続編は原作からより一層離れていく前触れでもある。なんというか、言い換えるなら「フジテレビ臭」が強まりそうな嫌な予感。

明石家さんまがワンシーンだけ登場したのも、いかにもフジテレビ的で蛇足にしか映らず。原作ファンを怒らせるのが実にうまい。

「最大の違和感」の正体

さて、最大の違和感について考えてみる。「主人公・風間公親ははたしてキムタクでよかったのか」問題だ。

冒頭で違和感を訴えた編集者は、「今となってはかなわないが、根津甚八のような俳優にやってほしかった」という。私は「元・切れ者刑事、白髪・義眼、身の毛もよだつ冷酷無比な鬼教官」というキャッチフレーズから安田顕を想像した。「義眼がわかりやすいよう、目は大きめ」「元刑事で凄絶な背景を抱えた憂いを醸し出せる」40代以上の俳優と思ったから。

ただし、驚異的な数字だけは誇るキムタクだからこその恩恵も大きい。2020年版の視聴率は前編15.3%、後編15.0%。2021年版は前編13.5%、後編13.2%とやや落ちた形になったものの、御の字ではなかろうか。

「何をやってもキムタク」と言われてきたが、この役は白髪&義眼というコスプレもあって、確かに「キムタク臭」が抑えめだ。威厳より不機嫌の要素が強いが、そもそも「教場」は学生たちの心情が主軸であり、物語の根幹となる。そちらの演技力のほうが重要と割り切れば、さほど気にならないのでは。

とはいえ、原作のファンが「キムタクじゃない」と主張するのだから、原作には確固たる風間公親像があって、さぞやそこから乖離しているのだろうと。

ところが、である。実は、原作4冊を読んでも、風間公親の外見を想像できなかった。「白髪頭」と「どこに焦点が合っているのかわからない義眼」以外に、容姿を表現する文言が極端に少ない。長身とも小柄とも書いていない。顔の造作も濃いのか薄いのかも一切書いていない。風間公親の刑事指導官時代を描いた『教場0』に、登場人物が風間の風貌を表現する文言があったので、あげてみる。

「中年」「頭髪の色に惑わされてしまうが、実のところはそれほど年配でもなさそうだ。もしかしたらまだ四十代かもしれない」「年齢の割に贅肉が少しもついていない」「不気味な雰囲気の男」「古武士といった風貌」

それこそ、人それぞれの印象でまちまちだ。教場の学生たちもしかり。宮坂定が「きみちか=気短か」と連想するくらい無愛想と表現するも、外見の話ではない。風間の声を「よく通るが、ざらついた声」と表現したが、実に曖昧。楠本しのぶは「ただ隙のない男」と評するにとどめている。

花を愛し、こまめに手入れをする姿から連想させるのは「内面の穏やかさ」。警察官として暗唱必須の法律だけでなく、文学や芸術、心理学にも精通した「知性と教養」。酒はあまり飲まず、私生活はまったくの「謎」。唯一の弱みは「注射が苦手」くらい。無口で物静か、何を考えているのかわからないが、感情的な物言いはしない。

風間公親像を固定しないよう、余計な描写がないのだ。それがこの小説の魅力でもあり、無色透明な風間公親を想像力で楽しむ読者を虜にしたのだろう。

異なる「風間公親」も観てみたい

そう考えると、フジテレビとキムタクが作り上げた風間公親は盛りすぎた感が。最恐、冷酷無比、身の毛もよだつ……まるでモンスターのような描写で煽りに煽って完成したのは「不機嫌で理不尽な風間公親」。それが違和感の根源なのかも。

初代・風間公親はキムタクが固めた。フジテレビは原作を超えてシリーズを作っていくだろう。ジャニーズ事務所の若手をこぞって投入して。ジャニーズ事務所は警察学校モノがお好きなようだし、顧客をつかんでいるからそれはそれでいい。

でも、異なる風間公親、異なる教場も観てみたい。それこそ金田一耕助や十津川省三、浅見光彦のように、各局さまざまな俳優で個性を競わせるのもありだ。WOWOWならより知的に、BSテレ東ならミニマムにまとめてくれるかな。学生を主軸に深く描くなら、30分枠の連ドラのほうが面白くなるかもしれない。

原作『風間教場』のエピローグは意味深だ。風間教場の終焉を匂わせる文言で終わっている。「教場はこれで了」という意味にもとれるし、描いていない過去に戻る可能性もある。風間公親そして教場に対する思いは広がるばかりだ。