なぜ「廃課金」に溺れる若者たちはかくも楽しげなのか

2020年2月4日

文春オンライン

 世界保健機関は2019年5月、ゲームに熱中するあまり日常生活に深刻な影響を与える「ゲーム障害」を、国際疾病として新たな依存症に認定した。その一週間後、76歳の元農林水産事務次官の父親が、44歳の無職の息子を刺殺する事件が起きた。

 くしくも被害者は、オンラインゲーム『ドラゴンクエストX』のヘビーユーザーで、課金制の有料アイテムに多額を注ぎ込んでいたという。

いまどき「廃課金者」はまったく珍しくない

 課金式のソーシャルゲームにおいて、高額を費やして遊ぶことを「廃課金」といい、近年社会現象化しつつある。課金の種類は様々で、この息子がプレイしていた『ドラゴンクエストX』などの場合、プレイするのに月額などの期間定額料金が必要となるサブスクリプション制が取られているが、別途ゲーム内でコンテンツや追加機能を購入できるアイテム課金制の要素もある。

 後者のうち、クジのようにランダムでアイテムが提供される方式は「ガチャ」と呼ばれ、ソーシャルゲームにおいては広く浸透したシステムだ。一般的に、ソーシャルゲームの課金といえばガチャを指すことも多いだろう。

 筆者は近年、個人的な関心から、ソーシャルゲームについていわゆる「廃課金」ユーザーにしばしば話を聞いているのだが、いまどき廃課金者はまったくめずらしくなく、事件の被害者がことさら特別な存在であったとは言えない。実感として、種類を問わなければ、大半の若者に一度は課金経験があるだろうし、そのうち課金のしすぎを感じている者も少なくないだろう。2018年12月には、はてな匿名ダイアリーに「FGO(註・スマートフォン専用ゲーム『Fate/Grand Order』)に400万課金した女が思うこと」というエントリーが寄せられ、話題になったことにも顕著だ。

 なぜ若者はガチャに金を使うのか。トレーディングカードなどと異なり、実際には所有できず、手元に残るのは電子データのみ。射幸心を煽るという点でパチンコと似ているようにも思えるが、ゲーム性があるわけでもなく、実利も薄い。それなのに、なぜ?

「課金していると、脳内麻薬が出てきて高揚するんです」

 過去に一年で100万円近く注ぎ込んだ末、今はガチャを控えるようになったという20代男性会社員の話が印象的だった。

「もともと、というか基本的には、もちろん欲しいキャラクターがいるから課金するんですよ」。しかし彼はこう続けた。「ただ、それがどこかのタイミングで逆転してから、歯止めがきかなくなりましたね」

 目的と行為の逆転現象――課金をすることが目的と化し、欲しいものは事後的に創出される。では、どのようなときにそうした状態になるのか。

「仕事のキツいときがいちばんヤバかった。課金していると、脳内麻薬が出てきて高揚するんです。楽しくて、気づいたら10万円以上使っていました」

課金という行為がコミュニケーションツールになっている

 同じく20代の男性システムエンジニアは、課金の誘因としてSNSを挙げ、「Twitterがなければ、そこまで課金していなかったかも」と述べた。

「フォロワーがみんな課金しているから心理的抵抗感もないし、いくら使ったということもネタになる。スクリーンショットを共有して、『爆死した』とか『単発できた』とか盛り上がること自体が楽しかった」

 彼の場合も、課金という行為がコミュニケーションツールとしてコンテンツ化=目的化されている。ただ意外なことに、上記の例のどちらも、楽しいという感情は必ずしも刹那的なものでなく、これまでの課金を後悔しているということもなかった。彼らはむしろこの行為をポジティブに捉えている。筆者の知る課金経験者たちはみな、おおむねその行為に充実しているように見えた。

なぜ若者は「課金」によって充実感を得るのか

 なぜガチャに課金し、しかも一定の充実感を得ているのか。その答えがおそらくそこにある。ゲーム内で有料アイテムに金を支払うということは、彼らにとって、旅行をしたり人気の行列店に並んだりするのと同じような感覚なのだ。若者はコンテンツ自体にでなく、「行為=体験」に楽しさを見出し、それに金を使っているのかもしれない。

 体験を重視するということは、体験の「現場」を重視することに他ならない。AKB48に象徴されるアイドル文化では、「僕は在宅なんで」と卑下する表現があるように、家で楽しむことより現場に参加することのほうが体験として価値があるとされ、アイドルファンは現場で応援する体験性を重視した。それでは、ソーシャルゲームにおける現場とはどこか? ――SNSである。

 SNSという「拡張された現場」で、新たな文化やコンテンツが創出・発見されている。そしてそれは、ソーシャルゲーム界隈のみならず、この10年で広く現れた消費現象であろう。たとえば、小説『屍人荘の殺人』(今村昌弘著)および映画『カメラを止めるな!』(上田慎一郎監督)は、ともに「何も説明できないけど読んで/観て!」という口コミから火がついた。SNS上で、みなが共通の触媒として話題にできたがゆえの盛り上がりである。

 また、漫画『翔んで埼玉』(魔夜峰央著)の復刊とヒット、小説『大相撲殺人事件』(小森健太朗著)の異例の重版、楽曲「め組のひと」(RATS&STAR)のショートムービーアプリ TikTok における大流行なども、SNSで新たな文脈が再発見されたことによるものだ。

 もちろん、ガチャ課金が社会的な問題となっていることも間違いない。冒頭で触れたようなゲーム依存と結びつき、借金を作っても課金がやめられないという深刻な状況に陥ることもある。だが、その一方で、これこそが若者を中心とした現代的な消費の一典型であるとも言える。

 新たな価値が創出・発見される現場=SNSでは、与えられたシステムに対し、ユーザーが能動的に価値を見出す姿勢が浮かび上がってきているのだ。

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(秋好 亮平/文春ムック 文藝春秋オピニオン 2020年の論点100)