観光客減少で奈良公園のシカが“野生化”…これはいい影響?専門家に聞いた

2020年7月19日

FNNプライムオンライン

奈良公園のシカが野生化

新型コロナウイルスは、人間だけでなく、“シカ”のライフスタイルにも影響を与えている。

国の天然記念物に指定されている「奈良公園のシカ」が、新型コロナウイルスの感染拡大で観光客が減少したことによって、餌を与えられる機会が減り、“野生”の状態に近づいていることが、北海道大学などの調査で分かった。

調査を行ったのは、北海道大学・立澤史郎助教の研究グループと「奈良の鹿愛護会」。

新型コロナウイルスによる観光客の減少で、「奈良のシカ」の行動にどのような変化が出ているかを調べるため、感染拡大前の1月と感染拡大後の6月を比較したのだ。

奈良公園の中心部に滞在するシカが減少

前提となるのは、2019年7月時点の奈良公園周辺に生息するシカ、1388頭。

これを100%として、1月と6月に奈良公園の中心部で確認された頭数を比較すると、以下のような結果となった。

【昼】
1月:71.9% 
6月:50.2%

【夜】
1月:56.5%
6月:34.9%

1月と比べて6月は、昼、夜ともに大きく減少していた。

これはなぜなのか? 理由として考えられるのは、人から餌を与えられる機会の減少。

北海道大学の研究グループは、餌を与えられる機会が減ったことから、奈良公園の中心部に滞在する時間が減る一方、周辺の山などで自然の植物を探す「自然採食」の時間が増えたためとみている。

野生のシカは、日の出前後に森林部から草原部に出て採食し、そして日没前後には逆に採食しな がら森林内に戻って夜を過ごす習性を持っている。

奈良公園でも、かつては朝夕に大規模なシカ集団のこのような移動がみられていたが、近年はその規模が縮小し、夜間も草地等のオープンな場所(主に平坦部)に留まる個体が増えていたという。

休息しているシカも増加

なお調査では、芝生に横たわるなどして“休息しているシカ”が増えていることも分かった。

1月の調査では、昼に休息しているシカは19.3%だったのが、6月は59.1%に増加。夜は1月が37.9%(自然採食と合わせると49.5%)で、6月は55.2%(自然採食を合わせると90.1%)となった。

この理由について、北海道大学のグループは「観光客(公園利用者)との接触が減ったため」とみている。

また、休息するシカが増えたことについては、反すう(=いったん飲み込んだ食べ物を再び口に戻すこと)をしっかり行えるようになり、「栄養状態が改善されつつあると予想される」と前向きに捉えている。

一方で、「よかれと思って食物を与えても、実際にはシカから野生動物として不可欠な休息や反すう、自然採食の時間を奪い、代わりにストレスを与えていたのだと言えます」といった指摘もしている。

新型コロナウイルスの影響で、野生の状態に近づいている、奈良公園のシカ。野生の状態に近づいていることは、シカにとって、良いことと言えるのか?

北海道大学の立澤史郎助教に話を聞いた。

「“野生集団”に戻してあげた方が良い」

――「野生の状態」と「野生ではない状態」はどうやって線引きしている?

これは単純に線引きできる問題ではありませんが、私はいわゆる「free-ranging(=自力で移動・採食・繁殖をしている状態)」であることを“野生”と呼んでいます。

天然記念物指定の理由にも“野生”であることとあり、このことが重要だと考えます。

――観光客が戻ったら、奈良公園のシカは再び「野生ではない状態」に戻る可能性が高い?

今のままでは戻る可能性が高く、さらに一部のシカは市街地などにも進出しているので、人間とのコンフリクト(=交通事故、食害、危害など)が増加する恐れもあります。

――野生の状態に近づくことは奈良公園のシカにとって良いこと?

私は良いことであるし、天然記念物として必要なことだと思っています。

また、動物集団として人に依存しすぎると、それこそ抵抗力が弱く、感染症などに弱い集団になりますし、奈良公園のシカはすでに高齢化・低増加率集団になっています。

こうしたことから、疾病が入ってこないうちに、体力や回復のある“野生集団”に戻してあげた方が良いと思います。

野生集団に戻すには人間側の覚悟が必要

――奈良公園のシカを“野生集団”に戻す。このためにはどうすればよい?

これは本質的な課題ですが、戻すべきかどうか、戻せるかどうかということも含めて、議論が必要だと思います。また、現状の把握もまだまだ不十分です。

ですからあくまで私個人の意見ですが、この30年ほど、人への依存度が高まっている背景には、以下の2点があります。

1.人間側の姿勢の変容(簡単に言えば人間側の”ペット化”)

シカの人気が高まり(また観光客が増加し)、距離を置かず、ペット的に接する人が増えた。

2.公園の”都市公園化”(自然環境の単純・単層化)

都市公園としての整備・管理が進んだため、また、シカが高密度で維持されているため、自然公園的な環境が失われてきた。

もちろん餌付けの強化や”間引き”などで栄養状態や個体群構造(=集団構造)を無理矢理、”野生化”する手もあります。

ただ、それでは長続きしませんので、上記の2点について軌道修正することが不可欠だと思います。

――軌道修正とは具体的になに?

こういうことになります。

・自力の自然採食ができるよう人間の干渉を弱める(給餌の方法や場所を制御する)
・(食物であり、子育て場所でもある)自然植生を復元する

もちろん試行錯誤になりますし、“再野生化”の過程で公園外への分散が強まり、人とのコンフリクトが増加したり、シカの死亡率が高まる可能性もありますので、人間側に相応の”覚悟”が必要になります。

しかし、考えてみれば、先人たちは、シカが闊歩する町並みやシカ害を防ぐシカ垣などのノウハウを駆使して、天然記念物としての、また、世界遺産の住人としての「奈良公園のシカ」をオンリーワンの存在に育て上げてきたと言えます。

そう考えると問われているのはシカではなく、我々、人間側の覚悟や姿勢なのだと思います。

新型コロナウイルスの影響で、野生の状態に近づいているという奈良公園のシカ。

立澤助教によると、重要なのは、不要な干渉でシカたちの自然採食と休息、反すうの時間を奪わないようにすること。それが天然記念物としての価値を維持する鍵であり、次世代に引き継ぐ“シカ・エチケット”だということだった。

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