日本食の献立が最も健康的だった意外な時代

2020年3月6日

JBpress

 脳が活性化され、脳機能によい効果をもたらすとする「ブレインフード」が紹介され、脳と食事の関係が注目されている。「脳によい食べ物」というものはあるのだろうか。

青魚に染み渡った「アタマが良くなる」イメージ

 スーパーマーケットの魚コーナーでは、「サカナを食べると(略)アタマが良くなる」という歌がよく流れていた。この歌は「おさかな天国」といい、全国漁業協同組合連合会中央シーフードサービスセンターのキャンペーンソングとして1991年につくられた。31種類もの魚の名前が入っていて、魚料理の効用をアピールしている。この歌の効果もあってか、「魚は栄養分が豊富で、ヘルシーな食べ物」というイメージがある。

 ちょっと前にはサバ缶ブームも起こり、スーパーマーケットの棚からサバ缶が消えた。「ダイエットによい」とテレビ番組で取り上げられたのが始まりだが、ブームは一過性で終わらず、いまも続いている。

 栄養価が高い魚ということから、サバ缶は健康志向の人々の人気も集めた。中でも、豊富に含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)やドコサヘキサエン酸(DHA)などの「ω3(オメガスリー)脂肪酸」は、動脈硬化予防に効果を発揮するばかりでなく、脳を活性化させ、集中力を高める効果もあるとされる。「サカナを食べるとアタマが良くなる」の所以である。認知症の予防によいとか、メンタルヘルスを改善する効果があるといわれる。サバをはじめとして、ω3脂肪酸が豊富なカツオ、イワシ、サンマなどのいわゆる青魚が「ブレインフード」として注目されている。

話題の「ω3脂肪酸」、サプリの効果は未知数

 近頃、健康によい油としてω3脂肪酸を成分に含む油脂がメディアなどで取り上げられている。一般的に油脂は、グリセリンと脂肪酸が結合してできている。脂肪酸の種類は多く、炭素数が多いものや少ないもの、構造の中に二重結合のあるものやないものなどがある。EPAやDHAは構造内に二重結合をもつ脂肪酸であり、「ω3」とは脂肪酸の構造内の二重結合の位置を示したものである。EPAやDHAのほか、植物油に多く含まれるαリノレン酸もω3脂肪酸に分類される。ω3脂肪酸は、ヒトの生体内で合成されないので、食物などから摂取しなければならない。そのため「必須脂肪酸」ともいわれる。

 EPAやDHAなどのω3脂肪酸が注目されるようになったのは1970年代のこと。イギリスの研究者ハンス・オラフ・バンらが「グリーンランドの人たちに冠動脈疾患の患者が少ないのは、魚油に含まれているω3脂肪酸をたくさん摂取しているからではないか」という仮説を出したことが始まりだ。やがて、脳神経組織にDHAが多く含まれていることから、DHAは脳の機能にも大きな影響を与えているのではないかと考えられるようになった。

 今では、記憶や学習機能を向上させる作用や、神経保護の作用などが報告されている。また、EPAは血液凝固を防ぐ作用が知られ、両者を適切に摂取することが、脳機能の向上や認知症予防の効果つながると期待されている。

 ただ、ω3脂肪酸のサプリメントを飲んだからといって、効果があるかといえば、それはまだよく分かっていない。もともとω3脂肪酸は化学的に不安定で酸化しやすいので、魚でも干物などに加工している間に変化している可能性がある。ましてやサプリメントなどにして効果が保持されているのかどうかの科学的根拠は十分にはない。そのため、食事で新鮮な魚をたくさんとったほうがよいという考えもある。

伝統的な日本食はメンタルヘルスを改善する

 魚の多い食事といえば、私たちがふだん食べている日本食を思い浮かべる人も多いのではないか。実際、伝統的な日本食の食事成分にはメンタルヘルスを改善する可能性があるという報告が、防衛医科大学校助教の古賀農人さんらによって報告されている。古賀さんは、「米と味噌汁を中心に、いろいろなものを組み合わせた食事を規則正しく食べることが重要です」と話す。

 日本食は健康によいとよくいわれるが、意外にも日本食がどのように健康をもたらすかについて研究された例は少ない。一方、よく研究されているのは「地中海食」とよばれる、イタリアやスペインなど地中海沿岸における食事である。現地の人びとはワインやオリーブオイルなどをたくさん食べ、生活習慣病のリスクが低いことが示されている。

「地中海食は味付けや食材などがシンプルなのに比べて、日本食は多様で複雑。そのため特定の食材や成分と効果が、なかなか結び付かなかったのです」と、古賀さんは日本食研究の難しさを説明する。

 そもそも脳の機能を調べること自体とても難しく、たとえばうつ病をとっても、まだ原因すらよく分かっていない。まして、食事との因果関係を直接調べることは困難だ。

 そこで、食事と脳の機能の関係は、特定の人間の集団を対象とした疫学研究によって調べられることが多い。比較的研究が進んでいるのはやはりDHAやEPAで、うつや心的外傷後ストレス障害(PTSD)の関わりなどが知られている。

 古賀さんらは、40歳代以上の健康な男女278人に食事調査を行った。1カ月にわたり、食事内容とともにメンタルヘルスに関する質問に答えてもらい、解析した。調査結果によれば、パンや麺類ではメンタルヘルスの指標との関わりが示されなかったが、ご飯(米飯)については「生き生きと暮らす」などといった生活の質や、睡眠の質の改善に関わることが観察された。

 さらに、ご飯と味噌汁を組み合わせた食事では、睡眠の質、抑うつ、衝動性の改善との関わりが見られ、心が落ち着いている傾向があった。

 一方、ご飯をたくさん食べればいいのではなく、ご飯と味噌汁を中心とした食事が影響を与えていると考えられた。

理想は1975年頃の食事

 被験者に40歳代以上の人を選んだのは、生活習慣病のリスクが高くなる年代だからだ。「調査の結果、米と味噌汁の組み合わせが健康指標と相関が高かったわけですが、この年代の人たちは1975年頃の食事の経験もしており、“東北大学の調査”を裏付けているかもしれないと考えました」と、古賀さんは話す。

 古賀さんの言う「東北大学の調査」とは、同大学の研究グループが1960年以降の15年ごとの日本食の献立と健康維持の有効性などの関係性を調べたものだ。1960年はまだ戦後の色が濃く質素であり、また、1990年代になると欧米化が進んでいた。その中間の1975年の食事が、適度でバランスのよい理想的な日本食だった。動物実験や疫学調査でも1975年の食事が健康的であることが示された

 40歳代以上の人は1975年頃の食事を経験し、いまもその食生活を続けている可能性が高い。実際、今回の調査でもそのような食事がメンタルヘルスに貢献している可能性が示された。

 日本食は多様なものを食べているのが特徴で、ひとつの食材の影響に言及することは難しい。しかし、この研究では「ご飯と味噌汁」を中心にいろんなものをバランスよく食べるのがよいという効果的な食べ方が見えてきた。

「一つひとつの食材の影響は小さく、いろんなものを組み合わせて食べるのが重要なようです。ご飯で効果が見られたのは、ご飯と味噌汁とともに食べる納豆や緑茶などの効果が介在しているのでしょう。主食が変わればおかずも変わりますからね。日本人にとっては、ご飯と味噌汁の食事はホッとする。こんな気持ちも脳に影響しているのでしょうね。また、今回はできませんでしたが、魚を中心として解析したら別の効果も得られるかもしれません」と古賀さんは説明する。いずれにしても食べ物と脳の研究はまだ始まったばかりで、今後の展開が待たれる。

 食べ慣れた食事に効果があるのならうれしいことだ。今日のランチはサバの味噌煮定食などいかがだろうか。

筆者:佐藤 成美

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