Edy、Suica、ペイペイ…日本の電子マネーはなぜ統一されないのか? カンボジアで活躍中の第一人者が語る“日本特有の理由”

2022年2月6日

文春オンライン


「おはようございます、カンボジア国立銀行です」

 2016年12月、会社でパソコンを開くと、SNSに1通のメッセージが届いていた。

 読んでみると、それは「世界初となる中央銀行が発行するデジタル通貨(CBCD)の開発を手伝って欲しい」という内容だった。

「いやいや、よくある『1億円あげます』みたいな詐欺じゃないの?」

 だが、半信半疑で現地を訪れると、待ち合わせに指定された場所は確かに写真で見た中央銀行だ。それから全力で開発に携わると、はや4年が経っていた――。

日本ベンチャーがつくった世界初の中銀デジタル通貨「バコン」

 カンボジアは2020年10月、先進国に先駆けて、中央銀行が発行するデジタル通貨「バコン」の運用を開始した。

 米国IT最大手との戦いに勝ち抜き、最先端の中銀デジタル通貨を完成させたのは、創業わずか6年の日本のベンチャー企業「ソラミツ」だ。社員数は約100人という、少数精鋭部隊である。

 社長の宮沢和正さん(65)は元ソニー社員で、黎明期から「Edy」の立ち上げに携わった日本・電子マネー界のパイオニアだ。バコンはソラミツが持つ最先端のブロックチェーン技術「ハイパーレジャーいろは」から生まれたデジタル通貨だ。

 仮想通貨と聞けば、ビットコインやイーサリアムなど多くの“億り人”を生んだギャンブル的な通貨とイメージされがちだ。だが、バコンはカンボジア自国通貨のリエルや、国内で広く流通する米国ドルと価値を連動させた、中央銀行発のれっきとした“法定通貨”である。

 一方、日本はEdy、nanaco、WAON、交通系のSuica、PASMO、QRコード決済はペイペイ、LINEペイ、メルペイ……とさながら、“電子マネー戦国時代”の様相を呈している。

 天下統一の日は近いのだろうか。そのキーマンは、静かに日本の電子マネー界の未来を語り始めた。

「不便だと思いませんか。『財布』が増えすぎて、利用者も店も困っています」

バコンでカンボジアは一躍、電子マネー先進国に…!

 日本ではいま、大手企業がこぞって電子マネーを開発し、いくつもの決済システムが乱立している。大きな狙いは「顧客情報」を集めることだ。カンボジアも、バコン開発に乗り出した5年前は同じ悩みを抱えていたという。

「カンボジアの通貨であるリエルは紙幣1枚の価値が低く、持ち歩くのに大量の紙幣を持たないといけない。とてもかさばるんです。また、銀行口座を持っている国民は全体のわずか2割しかおらず、クレジットカードも使えません。

 一方、誰でも持っているのがスマホで、普及率は国民全体の150%。成人なら仕事用とプライベート用など2台持ちが当たり前です。だから電子マネー決済が主流になったのは必然ですし、田舎の露店ですら決済ができます。

 これに目をつけた企業は、こぞってQRコード決済の電子マネーを開発しました。決済端末の導入コストも低い。ただ、なかには店に金が振り込まれる前に倒産する企業があるなど有象無象がひしめく状態となり、中銀は危機感を持っていたんです」

 一般的な電子マネーは、月末など一定の期日にならないと店に金額が振り込まれない。だが、バコンは受け取った側の店舗がすぐにお金として使用することが可能だ。また、前述のようにカンボジアでは銀行口座を持つ人が少ないため、送金にはバイク便などを使うことが主流だった。当然、送金手数料は高い。カンボジアはマレーシアなど近隣諸国に出稼ぎに行くケースも多く、海外送金となれば尚更だ。

 一方で、バコンはスマホがあれば、国内の送金手数料は無料。海外送金も大幅に手数料が下がり、リアルタイムで安全に送ることができる。

「これまでは家政婦として隣国に出稼ぎに行った妻が子供に送金しても、夫がギャンブルに使ってしまうなんて話もありました。バコンなら学費であれば学校に、治療費であれば病院に直接振り込めます」

 バコン導入から約1年後の2021年11月末には、既に国民1670万人のうち、約2分の1にあたる790 万人が利用している。

日本デジタル通貨が根付かない「深い歴史」とは…?

 一方、日本では日銀が実証実験は行うとしつつも、「導入の予定はない」としている。

 宮沢さんはこう嘆息する。

「完全に出遅れそうですが、これには深い歴史があるんです」

 宮沢さんが電子マネーに関わるようになったきっかけは、今から20年以上前の1998年まで遡る。当時は、まだソニーの社員だった。

 宮沢さんはアメリカ・シリコンバレーでPC端末「VAIO」の販売に奮闘していたが、ある日、現地の通信会社から一本の連絡が入る。電話口では先方が驚くべき発注をしてきた。

「VAIOを10万台販売して欲しい」

 願ってもない大型受注に歓喜するのも束の間、ひとつの条件が課される。

「VAIOにSONYのロゴを入れず、無料で配りたいというのです。当時はまだまだソニーもゲーム機やテレビなど『ハード』で儲けるのが常識でした。ところがこの通信会社は、『ハード』であるVAIOを無料配布し、そこに搭載する『ソフト』でお金を稼ごうと考えていたのです。これからは『ハード』ではなく、通信料やサービスなどの『ソフト』で売る時代が来ると、この時確信しましたね。

 2001年にソフトバンクが無料でモデムを配って月々の通信料で稼ぐビジネスモデルを打ち出したり、『1円ケータイ』が現れるよりも前の話です。結局、『これではソニーのブランドに傷がつく』と考え、泣く泣く申し出を断ったのですが…」

 これが原体験となり、同年、帰国後に誘われた新規事業が電子マネーだった。

 宮沢さんは伊庭保CFO(当時)に呼び出され、新規事業の準備室で未来の日本をイメージしたビデオを見せられる。

 その未来図では、若いビジネスマンがタクシーを降りる際に、端末にタッチして支払いを済ませ、自宅に帰ると携帯電話をテレビにタッチして自分の口座情報などを呼び出し、株の取引を行っていた。

「こんなことができるわけがない!」

 宮沢さんは間髪入れず、そんな言葉が口を突いたという。

 今となっては日常風景だが、当時は夢物語。なにしろドコモのiモードすら始まる前の話なのだ。

日本の電子マネーの草分け「Edy」の開発

 そんな宮沢さんに、伊庭CFOはこうハッパをかけた。

「既に香港の地下鉄でも導入している。今後は日本でこれを普及させる。ハードウェアを売るんじゃない。カードは無料で配ってサービスで儲ける仕組みを作れ」

 誘われた当初は、自分が本当に役に立てるのか、悩みは尽きなかった。だが、香港のように乗車券を電子マネーで払えるようになれば、本当にあらゆる物を“タッチ”で決済できるビデオの未来が実現できるかもしれない。そう考えて、腹を括った。

 そうして宮沢さんは、後に電子マネーの草分けとなる「Edy」の開発に没頭した。

 EdyはEuro(ユーロ)、Dollar(ドル)、Yen(円)の頭文字をとったものだ。当初は「サイフー」「ゼニー」「コバーン」など様々な案も出たが、世界に通ずる通貨をつくるというメンバーの心意気が、最終的な決め手となった。

 開発当初はカードの読み取りエラーが頻発するなど、困難を極めた。だが、99年にはオフィスや店が入る複合施設「ゲートシティ大崎」で実証実験を成功させると、伊庭副社長は50億円の出資を決断する。

 当時の出井伸之社長は、「やるからにはオールジャパンでやれ」と言い、2001年には電子マネーの開発をする新会社「ビットワレット」を設立。出資者にはソニーを筆頭に、トヨタやNTTドコモ、メガバンクなど日本の“勝ち組”企業が集った。

 利用者が一気に増えたのは全日空(ANA)との2003年の提携だ。

 ANAが発行するクレジットカードにEdyを付帯し、日常の買い物でもマイルが貯まる仕組みを作った。「陸(おか)マイラー」という言葉が定着し、「飛行機に乗らなくてもマイルをためて海外旅行にいける」という夢が利用者の心に刺さった。

今も尾を引くEdyとSuicaの「仁義なき戦い」

 だが、順風満帆に見えたEdyの未来に、ここで誤算が生じる。

 ここまで宮沢さんはEdyを、買い物を中心に利用されるものとして開発を進めてきていた。一方で、時を同じくしてJR東日本が推し進めていた「Suica」は、主に電車など交通系のインフラでの利用が中心のものだった。

 2社で勉強会を開き、1枚にEdyとSuicaの両方を入れたカードを作って「棲み分け」をすることなども検討していたが、急転直下、Suicaが2004年、一般の買い物分野での利用にも参入を決めたのだ。

「話が違う。我々は何のために電子マネーのノウハウを提供したのか」

 そう宮沢さんは詰め寄ったが、「上層部の意志」としてJR東日本の決意は固く、翻らなかった。

 そしてこの日本電子マネー界のパイオニア2社の間での綻びは、「国内での電子マネーの統一」という意味で、その後に大きな影を落とすことになる。

 なまじ双方のサービスがそれなりに受け入れられてしまったため、どちらも電子マネーの基軸に成り得なかったのだ。

日本人は電子マネーという財布を何個も持たないといけない

 その結果、2007年にはセブンイレブンで使えるnanacoと、イオングループのWAONがリリース。近年ではペイペイなどのQRコード決済ができる電子マネーも爆発的に普及し、乱立状態となっている。ここに、電子マネーの“オールジャパン”の構想は潰えたのだ。

 宮沢さんは言う。

「結果として、日本人は電子マネーという財布を1人が何個も持たなければならなくなってしまいました。そういう意味で、電子マネー創設に携わった私にも責任があります。

 私が今日本でやろうとしているのは、この電子マネー間で自由にお金を出し入れできる、橋渡しとなる基軸の電子マネーをつくることです。現在は一度Suicaの電子マネーにしたら、ペイペイには変えられませんし、使える店も変わります。そうじゃなくて、基盤となる1つのデジタル通貨を持てば良い。『キャッシュレス』じゃなくて、『デジタル通貨』なんです。実際、カンボジアでは既にそうなっています。

『お年寄りはどうするんだ』といった声もあがりますが、カンボジアでは世代を問わず電子マネーが流通している。10年前ならともかく、今のお年寄りは十分、電子マネーにも対応できるはずです」

 宮沢さんは「Edyで私ができることはやり尽くした」として、2017年にソラミツに入社。

 その直後、冒頭のようにカンボジア中銀から連絡が入り、バコン開発に奔走した。

 ブロックチェーンの世界のプラットフォームを決める「ハイパーレジャープロジェクト」では、IBMやインテルと並んで、ソラミツの技術が選ばれるなど「ブロックチェーンにおける『アンドロイド』をつくる」べく、最先端での戦いを続けている。

 2020年には日本でも、提携先の会津大学で日本初のブロックチェーンによるデジタル地域通貨「Byacco(白虎)」を導入。今後は地銀とも連携して「民間主導で、日本のデジタル通貨のインフラをつくる」と意気込む。

 だが、ここでひとつ疑問が残る。

 日本の通貨の中心である日銀は、なぜ動かないのだろうか? そこにはある日本特有の理由があるという。また、その先にある国際的な危機とは――?

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