2021年4月27日
デイリー新潮
趣味の多様化、細分化といわれる時代にあって、ヒット作を探るのに小学生のアンテナはなかなか侮れない。
筆者には小学4年生の子どもがいるのだが、昨年「『鬼滅の刃』がクラスで流行っているよ」と言い始めたと思っていたら、アニメファンを超えてあれよという間に国民的な人気作になっていた。今年に入るとSpotifyなどサブスク配信で流行していたAdoの「うっせえわ」を「クラスでみんな歌ってる」と口ずさみぎょっとさせられたが、こちらも今年を代表する人気曲となった。
そんな流行のバロメーターともいえる小学生の最近の動向だが、すっかり熱の冷めた「鬼滅の刃」に代わり、ここ最近は娘の口から耳慣れない言葉を聞くようになった。「銭天堂」。ご存知だろうか。
正式なタイトルは『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂』。廣嶋玲子による児童小説で、2013年より偕成社から刊行された。20年9月からはNHK Eテレでアニメもはじまった。
同作は叶えたい望みがある人の前に現れる不思議な駄菓子屋「銭天堂」を訪れた客とその客が買った駄菓子にまつわる1話完結の連作短編。店を訪れるのは子どもとは限らず、40代の独身女性から警察官、さらには泥棒までとさまざまだ。
「銭天堂」のミステリアスな主人・紅子は、店を訪れた客たちの願いを察し、不思議な駄菓子やおもちゃを提供するのだが、相手の名前を書いてひっくり返すと復讐できる「しっぺがえしメンコ」や、乗り物酔いしなくなる「酔わんようかん」とどれも不思議な駄菓子ばかり。
児童書だが、すべての話がハッピーエンドというわけではない。説明を守らず、間違った使い方をすると恐ろしいしっぺ返しに遭ってしまう。忠告を聞かなかった小学生の女の子が菓子の中に閉じ込められたりと不幸な結末もあり、藤子不二雄Aの漫画『笑ゥせぇるすまん』の小学生版といった内容といえばわかりやすいだろうか。子どもにとっては刺激的であり、大人が読んでも面白い作品となっている。
人気はというと「銭天堂」は2021年4月時点で現在15巻まで刊行し、累計発行部数300万部を超える。読者は小学校中学年から高学年が中心だ。全国の学校図書館、公共図書館でも人気で、SNSでは《市内の図書館全部借りられてる》《予約が100人待ち》と報告が相次ぐ。待ちきれず書店に買いに行くケースも多いようだ。
ファンからの要望を受け、ことし1月には公式ガイドブック『ふしぎ駄菓子屋 銭天堂にようこそ』も発売された。出版する偕成社の担当者は「ガイドブックはあまり売れないと言われる中、発売してすぐに重版がかかり、累計で16万部。想定以上の売り上げです」と驚く。
アニメ担当者が語る魅力
「銭天堂」の部数を伸ばした要因の一つが、現在NHK Eテレで放送されているアニメ版の影響も大きい。昨年9月にスタートすると、アニメが好評なこともあり部数を100万部以上伸ばした。
この作品をアニメにしようと企画したのが、東映アニメーションの柳川あかりさんだ。これまで「おしりたんてい」「スター☆トゥインクルプリキュア」でプロデューサーを担当した柳川さんが、次の作品を探す中で出会ったのが「銭天堂」だった。
「駄菓子が所狭しとならぶ店先で妖しげにほほえむ女主人の表紙が書店の児童書コーナーでひと際オーラを放っていて、誘われるように本を手に取りました。駄菓子というアイテムを軸にほぼ各話完結のエピソードという構成で、シリーズ化する上でのポテンシャルを感じました。1話完結で、話がどちらに転ぶのかというドキドキで惹き込まれるという声をいただいています。特にひやっとする怖いお話は視聴率的にも好調です」(柳川さん)
現在、柳川さんからプロデューサーを引き継いだ東映アニメーションの伊藤志穂さんは「銭天堂」の魅力について、次のように語る。
「駄菓子屋という現実にある入り口だけど、一歩踏み込むと不思議な主人と駄菓子が待っている。日常から非日常への繋げ方が絶妙で、本当にどこかにあるかもしれないと想像をかき立てられるところが素敵です。また、多種多様な効果のアイテムが登場するので、自分だったらこんな駄菓子が欲しいと自分自身で世界観を拡張させながら楽しめるのもポイントだと思います」(伊藤さん)
いまや街中で見ることもほとんどない駄菓子屋が、令和の今に小学生の心を掴んでいるというのは昭和世代としてはなんだか嬉しい。
さらに親世代には嬉しい情報もある。前述の偕成社の担当者によれば「銭天堂」を通して本嫌いが解消されたという声も多いのだという。
「サイン会に男の子と一緒に来ていたお母さんが“『銭天堂』だけは面白がって読んでくれます。ありがとうございます”』と著者の廣嶋玲子さんに感謝されていました。これまで本を全然読まなかった子が『銭天堂』をきっかけに本を読み始めたという反響をかなりいただいています」(偕成社の担当者)
緊急事態宣言でゴールデンウィークにどこにも出かけられないという家庭も多いだろう。暇を持て余した子どもに買い与えるのもいいかもしれない。
徳重龍徳(とくしげ・たつのり)
ライター。グラビア評論家。大学卒業後、東京スポーツ新聞社に入社。記者として年間100日以上グラビアアイドルを取材。2016年にウェブメディアに移籍し、著名人のインタビューを担当した。現在は退社し雑誌、ウェブで記事を執筆。個人ブログ「OUTCAST」も運営中。Twitter:@tatsunoritoku
デイリー新潮取材班編集
2021年4月27日 掲載