世界初の「無花粉スギ」開発 生産量増に挑む富山の研究最前線

2021年3月20日

毎日新聞

 スギ花粉症は春先にかけて多くの人の目や鼻などに症状が表れ、“国民病”ともいわれる。「患者の不快感を軽くできないか」との思いでスギの品種改良を続けるのが富山県森林研究所のグループだ。世界に先駆けて無花粉スギの量産に成功し、2012年の初出荷から今年で10年目。より成長が早く、植え替えを促進できる品種の研究にも乗り出し、将来のスギ植え替え需要に備える。日本人がスギ花粉に悩まされなくなる日は来るのか。

「エリート品種」研究に着手

 富山県立山町にある県森林研究所に足を運んだ。案内してくれた斎藤真己・森林資源課長は大学院生のころから30年近く無花粉スギの研究に関わってきた第一人者。訪ねた記者に、3月から「新品種の開発を始めたばかり」と打ち明けた。

 県が開発した無花粉スギ「立山 森の輝き」と、別の県産スギ品種「座主坊(ざっすんぼう)」を掛け合わせる取り組み。座主坊には大雪が降っても折れ曲がりにくく、成長が早い利点があるが、基礎研究の結果、花粉を作らない遺伝子を持つことも分かった。

 これを「立山 森の輝き」と交配することで、強度など木材としての品質を保ちつつ、花粉を飛散しない「エリート品種」を生み出す狙いがある。斎藤さんは無花粉スギ研究について「20年かかってやっと実用化できた」と振り返る。

 そもそも無花粉スギは1992年、富山市内の神社で県が花粉の飛散状況を調査中、偶然発見したものだった。遺伝子を守る硬い細胞壁ができずに花粉が壊れてしまうのだ。

 その後斎藤さんらが実験を積み重ね、細胞壁ができないことが劣性(潜性)遺伝子によることを突き止めた。品種改良を重ねて苗を大量生産できる「立山 森の輝き」を初めて出荷したのが2012年。斎藤さんが言う「20年かかって」とは、こうした息の長い経緯を指している。

 課題の一つは、生産量をなかなか増やせないこと。メンデルの法則により、無花粉スギの苗を種子から生産すると、半数は花粉を付ける苗ができるためだ。そこで無花粉スギの枝を切り、土に植えると発芽する「挿し木」の手法でクローン苗木を生産する方向に転換。24年から本格的に挿し木苗として出荷する方法に切り替え、生産量を増やす計画だ。

 スギ花粉症は戦後、本州など各地で大規模にスギが植林された歴史と深く関わり、20年もかけて無花粉スギを開発してきたことにも一定の意義がある。今後、大規模植林から約60年が経過し、各地で植え替えの時期が迫っているからだ。

 ただ国内の林業は外国産材に押され、年々右肩下がり。県内でも林業に専従する生産者はほとんどいなくなり、造園業者らが仕事の合間に山を手入れする程度という。

 今後、実際にどれだけの植え替え需要が生まれるのか。関係者は期待と不安が相半ばしながら研究を続けていく。斎藤さんは「より良いものを作っていけば関心は高まり、普及も進む」と話している。【砂押健太】

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