【江國 まゆ】イギリスで日本の「カツカレー」が“国民食”になっている驚きの理由 秘密はソースと「Panko」?

2020年2月2日

現代ビジネス

日本食ブームが止まらない

「イギリス人はカツカレーに夢中!」

そんな情報が先日、英国のオンライン・ニュースで流れ、日本でも注目されたようだ。カツカレーを含めて、日本食人気はここ30年の間に、徐々にイギリス国内で定着してきた。

第一の波は、1992年にロンドンで創業したカジュアル店「Wagamama」の急速なチェーン展開だ。ポップですっきりとしたデザイン、おしゃれなストリートフード風のメニューが若い層に俄然アピールし、瞬く間に人気者に。

続いて1990年代後半に誕生したのが回転寿司の「YO! Sushi」。回転寿司をイギリスに初導入して全国展開したことで「ポップで近未来的な日本食」のイメージが広まることになった。

Wagamama以前の日本食と言えば、伝統色の強い独立店が、駐在員や日本文化好きをターゲットにしていた程度である。日本の文化を知らないイギリス全土のマス層に、日本食の輪郭が届き始めたのは、実質的に上記2ブランドの貢献が大きい。

面白いのは両ブランドともに創業者が日本人ではなく、香港系イギリス人のアラン・ヤウ氏や生粋イギリス人のサイモン・ウッドロフ氏だったこと。現在の日本食人気の基礎を築いたのは、ビジネス・マインドあふれる彼らなのだ。

90年代末から2000年代にかけて頭角を現したNobuやZuma、Rokaといったモダン・ジャパニーズを、日本食ブーム第二波と呼ぶこともできるだろう。この頃からSushiはすっかり市民権を得てファスト・フードやスーパーのデリ・コーナーにも進出、日常の食べ物になった。

そして第三の波は、2010年代にやってきた。それまで在英日本人たちを嘆かせていた「ロンドンのラーメン不足」がようやく解消されるときがきたのである。

先鞭をつけたのは2012年創業の「昇竜」。同時期にいくつかの本格ラーメン専門店がぽんぽんと勢いよく誕生し、その後も「一風堂」や「金田屋」などが後続。

Wagamamaのラーメンもどきを受け入れることのできなかった在英日本人たちが、諸手をあげて歓迎した動きでもあった。さすがにラーメンの真髄は日本人しかわからないと見えて、これらのラーメン・ブランドのほとんどは日本人が立ち上げたものだ。

1日1万食を売り上げるカツカレー

このラーメン・ブーム以前から、日本食は寿司などのイメージから健康志向の意識の高い人々に人気だった。一方で、ガツンと胃に収まるカツカレーは、特に学生や若い男性を中心に不動の大衆食となっていった。

ちなみに豚肉を食べられないイスラム教徒が多いこと、また鶏肉が大好きなカリブ系移民が多いことから、イギリスではポークよりもチキンが好まれ、カツカレーと言えばチキン・カツカレーを指すのが一般的だ。

カツカレー人気に火付け役がいるとすれば、それは現在のところ英国全土に135店舗を展開する92年創業のWagamamaをおいてほかにない。

英国内では1日に1万食のWagamamaチキン・カツカレーが食べられており、押しも押されもせぬナンバーワン・メニューである。同店チキン・カツカレーへの愛が熱く語られているオンライン・コミュニティも多数存在する。

つまりイギリス人のカツカレー巡礼は青年時代にWagamamaから始まり、ここでファンになった客層が他店へと味の冒険を広げていく、そんな流れがあると見ていいだろう。言い換えれば、Wagamamaが30年かけてカツカレー文化を育んできたということだ。

ロンドナーたちのランチにサンドイッチ以外のオプションを提供している日本食ファーストフード・チェーン「Wasabi」でも、チキン・カツカレーは定番ベストセラー。もっとグルメなロンドナーなら、オフィスから一番近い日本食レストランで本格的な揚げたてチキンカツをゲットするだろう。

また、2017年にロンドンで創業している「Tanakatsu」は、目下最注目のカツ専門店。日本人ならではの揚げ物の巧みを再現している。

さらに続く2018年には、ついに「CoCo壱番屋」がロンドン上陸。カツカレー・ファンたちを喜ばせた。

ソース嗜好と「Panko」の発見

ではチキン・カツカレーは、なぜこうまでイギリス人のお気に入りになったのだろうか。人気の理由を、味の側面からひもといてみよう。

意見はわかれるところだが、筆者はソースとPanko(パン粉)に秘密があるのではないかと思っている。

まずはソース。イギリスには伝統のロースト料理があり、肉には必ず肉汁を利用したトロミのあるグレービー・ソースをかけていただく。

焼き具合をウェルダンにしがちなイギリス人には、 肉に汁気を加えるためにソースが不可欠なのだが、これはイギリスの国民食と言われて久しいインド・カレー「チキンティカ・マサラ」の誕生秘話にも繋がっていく。

チキンティカ・マサラはインドの独立後、インド人移民によってイギリス国内でイギリス人向けに発明されたと言われている。

由来には諸説あるものの、マイルドなマサラ・ソースはタンドーリで焼いただけのチキンにしっとり感を与え、口の中で食べ物をまとめるのに最適な役割を果たしているところが、イギリス人の好みに合致しているのは間違いない。まさにカラリと揚がったカツに寄り添うカレー・ソースのように。

またイギリス人のソウルフードでもある「フィッシュ&チップス」の伝統店に行くと、オプションとしてトロミのついたカレー・ソースを置いている。これがインド・カレーというよりも、かなり日本のカレー味に近い。

イギリス人がカツカレーの味に親近感を覚えるのは、こんなところにも理由がある。もっともカレー・ソース自体が明治時代にイギリスから輸入されたものなので、このリンクは必然なのだが。

そしてPanko。イギリスにもともと存在しているパン粉(breadcrumbs)は耳の部分も含んでいて、柔らかい部分だけを使った日本のパン粉に比べて揚げた時のカリカリ感はいささか劣る。

日本のパン粉がイギリス外食産業で広く使われ始めたのは2000年頃からで、「Panko」として現地スーパーなどで扱われるようになったのは、ここ10年前後のことだと思う。しかるにWagamamaでは、92年の創業時からPankoを使っている。

チキンカツの爽快なカリカリ感はさぞイギリス人の舌を驚かせたのではないか。ちなみに、イギリスの一般家庭にPankoが浸透しはじめたのは、セレブシェフたちが「Panko」を使った料理を紹介し始めてからだ。

イギリス人が「ホッとする味」

カリカリのチキンカツと、マイルドなカレー・ソース。これはイギリス人が愛してやまないからりと揚がったフライドポテトとカレー・ソースの組み合わせと同等のもの。エキゾチックだけど懐かしい味。イギリス人がチキン・カツカレーを愛してやまない理由は、そんなところにある気がしてならない。

チキン・カツカレーは、すでにイギリスで確固とした市民権を得ている。国民食と化していると言ってもいいだろう。それはスーパーマーケット各社が自社レトルト商品やカツカレー・ソースを開発し、チキン・カツカレー味のスナック菓子を登場させていることからもわかる。

つい最近、イギリス最大手のサンドイッチ・チェーンでもチキン・カツカレー味のスープが加わったばかりだ。そういう意味では、人気は今後さらに広がっていくという感覚がある。

イギリス人はノスタルジーを感じる好ましい食べ物を表現するとき「comfort food」(ホッとする味)と言う。チキン・カツカレーは、堂々とそのカテゴリーに入っていると言えるだろう。

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