嵐「非エリート集団」が国民的支持を得た理由

2020年12月1日

東洋経済オンライン

大晦日の無観客ライブ配信のニュースはスポーツ誌の1面を飾った(編集部撮影)

嵐の活動休止まで、あと1ヶ月となった。また1組国民的グループが表舞台から去ることに、ファンならずとも寂しく感じる人もいるはずだ。

特に今年に入ってからのコロナ禍で、彼らの去就にさらに注目が高まった印象がある。五輪が延期になる中で、彼らも活動休止を延期するのか、それとも予定通り休止期間に入るのか、議論を呼んでいた。

最終的には予定通り活動休止に入るという結論に至り、先日、大晦日に無観客の生ライブ配信を行うという発表がされた。

最後の瞬間まで注目を集め続ける嵐というグループは、なぜ国民的支持を獲得することができたのか?そして活動休止発表からの現在まで2年近くの間に、何を残そうとしてきたのか?今回は、特にその点に注目してみたい。

デビュー前から「Jr.黄金期」を牽引

相葉雅紀、松本潤、二宮和也、大野智、櫻井翔の5人からなる嵐は、1999年11月に「A・RA・SHI」でCDデビュー。これに先立つグループ結成とデビューの発表は、直前の9月にハワイの客船上での記者会見で行われるという華々しいものだった。それを見ても、彼らのデビューが期待されてのものだったことがわかる。

その背景には、当時の「Jr.黄金期」があった。

「Jr.黄金期」とは、1990年代後半にジャニーズJr.が爆発的な人気を博した現象を指した言葉だ。ジャニーズではまだCDデビューしていないタレントを一般に「ジャニーズJr.」と呼ぶ。

そのジャニーズJr.が単独でドームコンサートを開催し、テレビでは「ミュージックステーション」(テレビ朝日系)など音楽番組はもちろんのこと、冠バラエティ番組を複数持つなど大ブームを巻き起こした。

それまでも少年隊などCDデビュー前に人気だったケースもないわけではない。だがジャニーズJr.全体が人気になったという点で、「Jr.黄金期」はジャニーズ史上類を見ないものだった。そしてそうした時代の到来は、ジャニーズそのものがひとつの文化として世間に根付き始めたことの表れでもあった。

嵐は、その黄金期を担ったジャニーズJr.からの最初のCDデビュー組だ。
滝沢秀明、今井翼、山下智久、生田斗真、風間俊介、小原裕貴、さらに渋谷すばるら後に関ジャニ∞となるJr.たちなど錚々たるメンバーを差し置いての抜擢だった。また、デビュー曲の「A・RA・SHI」は「バレーボールワールドカップ」のイメージソングで、前回大会でデビューした先輩・V6に続く大役でもあった。

一言で言えば、ジャニーズの「王道」。それが「世界中に嵐を巻き起こす」「『あ』と『A』という最初の文字から始まる名前で頂点に立つ」という願いを込めて命名されたグループ、嵐のデビューだった。

「普通の若者」という魅力

ただ嵐のメンバーたちは、いわゆるエリートとは少し違っていた。当時の黄金期の中心にいたのは滝沢秀明であり、松本潤も嵐になったときは「なんでオレらなんだ?」と思ったという(嵐『アラシゴト まるごと嵐の5年半』集英社、124頁)。相葉雅紀も、「デビューするなんて思ってもみなかったし。そんな自信もなかったし。不安で不安で、怖かったよ」(同書、47頁)と当時を振り返る。

またそれ以前に、デビュー前に芸能活動を続けるかどうか迷ったメンバーもいた。

大野智は、Jr.時代に「芸能界はもういいかな」と思い、一度はジャニーズ事務所を辞めようと考え、その意向を伝えてもいた。絵の関係の仕事に就きたいと思っていたのである。二宮和也も、嵐のデビュー直前に事務所を辞めてアメリカで映画の勉強をする決意を固めていた。

また櫻井翔は、Jr.時代には学業優先で生活していた。試験のひと月前からは仕事を休んだ。そのため仕事が減ったこともあったが、「それはそういうもんだ」と受け止め、「高校卒業したらジャニーズはやめようかな」と思っていた(同書、24頁、78頁、102頁)。

進路に悩むことは、彼らに限らず10代の若者にとって当然あり得ることだろう。だがそうした普通の若者たちが集まったことは、嵐というグループの大きな特色になったと思える。

一言で言えば、それは等身大の魅力である。それぞれの個性はしっかりある。だがそれが打ち消し合うようなことなく、自然に共存している。たとえば、嵐にはアイドルグループにはつきもののセンターが固定されていない。そういうところにも、5人のメンバー全員がありのままでいられるフラットな関係性が反映されているのだろう。

そんな嵐は、やがて国民的アイドルグループへと成長し、「Jr.黄金期」世代のフロントランナーとしての重要な役目を果たすことになった。

ジャニーズの路線には、大別すると舞台とテレビの2つがある。どちらも基本にあるのは歌とダンスだが、活動のフィールドとしては分かれている。元々ジャニーズ事務所が、アメリカをお手本にしつつ日本独自のオリジナルミュージカルの制作を目指していたのは、知る人ぞ知るところだ。その意味では、ジャニーズの原点にあるのは舞台である。

それに対し、テレビが普及し娯楽として全盛期を迎えるとともに、テレビでの活動も負けず劣らず重視されるようになった。音楽番組はもちろん、ドラマ、バラエティ、さらには報道番組と、いまやテレビにおけるジャニーズの活躍はきわめて広範囲にわたっている。この路線を確立させたのが、SMAPだった。

「Jr.黄金期」世代における舞台路線の代表は、いうまでもなく滝沢秀明である。自身が主演した『滝沢歌舞伎』などを通じて事務所創設者・ジャニー喜多川の演出術やエンタメ哲学を間近で吸収した滝沢は、演出家としても舞台に関わるようになった。一方テレビのほうの代表が、嵐だった。

転機は2007年頃

歌手としては、松本潤出演の人気ドラマ『花より男子2(リターンズ)』(TBSテレビ系)の主題歌「Love so sweet」(2007年発売)のヒットなどが飛躍のきっかけになった。2007年にはグループお披露目の場でもあった東京ドームで単独初公演、さらに2008年には5大ドームツアー、国立競技場でのコンサートを実現。そうして着々と実績を積み重ねていくなかで、2009年『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たす。

このことは、ジャニーズから初めて「Jr.黄金期」世代が出場するようになった点で歴史的な出来事だった。その後嵐は、2010年には番組史上初となるグループでの司会、さらに2014年には初のトリを務めるなど『紅白』における中心的存在になっていく。

また彼らは、2001年放送開始の深夜バラエティ『真夜中の嵐』(日本テレビ系)を皮切りにバラエティの分野でも存在感を発揮した。『ひみつの嵐ちゃん!』(TBSテレビ系、2008年放送開始)でプライムタイム(19時~23時)に進出、現在は『VS嵐』(フジテレビ系、2008年放送開始)と『嵐にしやがれ』(日本テレビ系、2010年放送開始)の2本の冠バラエティ番組を持つ。前者はゲストとともにオリジナルゲームを楽しむ番組、後者は各メンバーの個性にスポットを当てた企画中心の番組と色合いは異なるが、プライムタイムで2つの長寿冠番組を持っている事実が、嵐の国民的人気を物語る。

こうして嵐の存在を日々当たり前のように感じられていた中で、2019年1月の活動休止発表は衝撃だった。だがやはり、どんな時も等身大の感覚を失わない普通さが嵐の魅力である。緊張感がみなぎる場でありながらも終始平常心に見えた活動休止発表記者会見の姿には、その魅力がにじみ出ていた。

それから2年近くが過ぎようとしているが、この間嵐は実に精力的だった。デビュー20周年を記念しての5大ドームツアーが2019年4月から12月にかけての分だけで32公演。最後の東京ドーム公演では、大野智が涙を流しながらファンへの感謝を伝える場面もあった。

また2019年6月にはデビュー20周年記念のベストアルバム「5×20 All the BEST!! 1999-2019」を発売、瞬く間にミリオンセラーとなった。また、『テレ東音楽祭』や『SONGS』(NHK)に初出演、ほかの音楽番組にも積極的に出演したのも印象的だった。

さらに先月、新しくなった国立競技場で7年ぶりの単独コンサートとなる「ARASHI アラフェス 2020 at NATIONAL STADIUM」が、コロナ禍のなか無観客有料配信で開催された。セットリストは、ファンからの投票を元にしたものだったことも話題になった。

同月には、最新オリジナルアルバム『This is 嵐』も発売。そして締め括りが、冒頭でもふれた大晦日に予定されている初の生ライブ配信になる。

活動休止発表会見のなかで、櫻井翔は、「2年近くかけて感謝の思いを伝えていく期間を設定した。これは我々の誠意です。なのでそれが届くように、これからもたくさんの言葉をお伝えし、たくさんのパフォーマンスを見てもらいたい」と語っていた。こうしたライブ、CD発売、そして音楽番組出演などは、その思いをかたちにしたものだろう。

活動休止発表後「ネット進出」を加速

だが驚かされたのは、一方で彼らが新しい試みに次々と挑戦したことである。それらは、活動休止を発表したグループと思えないほど、未来志向を強く感じさせるものだった。

ひとつは、ネットでの展開である。

2019年10月には嵐の公式YouTubeチャンネルを開設、同時に「A・RA・SHI」などシングル曲5曲について、ジャニーズ事務所のタレント初となるサブスクリプション型ストリーミング配信を開始した。さらに同年11月には全シングル曲の、2020年2月にはその時点でのオリジナルアルバム全収録曲のサブスクリプション型ストリーミングサービスも解禁された。

加えて、2019年11月にはTwitter、Instagram、TikTokなど5つのSNSにも進出、一斉にアカウントを開設したことも忘れるわけにはいかないだろう。

もうひとつは、海外に向けた発信である。すでにアジアツアーの経験はあった嵐だが、ここ最近はいまふれたネットとの連動による発信が目立つ。
2019年12月には、Netflix配信のドキュメンタリーシリーズ「ARASHI’s Diary -Voyage-」が、28か国語の字幕付世界190か国で配信開始になった。

また2019年11月の「Turning Up」以来の配信限定シングルにおいては、海外アーティストによる楽曲提供が定番化している。とりわけ、2020年9月リリースの「Whenever You Call」は、世界的アーティストであるブルーノ・マーズによる全編英語詞の楽曲として話題になった。

後輩に「レガシー」を

エンタメの世界は大きな転換期を迎えている。

これまでのようにテレビ中心の考えかたではなく、ネットの存在を少なからず意識していかなければならない。また、国内だけでなく海外を見据えたグローバルな活動を常に視野に入れていなければならない。

それは、日本独特のエンタメとしてテレビとともに発展してきたジャニーズにとって未知の領域であり、クリアすべき難題も少なくない。

だが近年、そのネットと海外というフロンティアにジャニーズ事務所も大きく踏み出そうとしている。2018年3月には事務所初の公式YouTubeチャンネル「ジャニーズJr.チャンネル」を開設、2019年3月には公式エンタメサイト「ISLAND TV」のサービス開始など、少し前までは想像できなかったほどジャニーズのネット進出は加速している。ネットメディアを通じてのライブの配信なども増えてきた。

そして現在そうした活動の主体になっているのは、若いジャニーズJr.の世代だ。嵐の新しい試みは、その意味でジャニーズの未来のために道筋をつける意味合いもあっただろう。嵐は自ら貴重な先例になることで「Jr.黄金期」出身者としての責任を果たしたのである。

そんなジャニーズの歴史をつないでいこうとする真摯さこそが、彼らが「王道」を歩み続けてこられた理由なのかもしれない。